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アマルガムの魔匠  作者: 字書き狸
交易港ナウマリスを覆う暗雲

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8/61

第8話 経費

地獄のような空気をした馬車がナウマリスへ到着したのは夕方頃だった。

日は傾きかけてきているが、まだ日差しは十分に強い。


大通りは荒くれ者たちの喧騒と活気に満ちていた。

頭上を飛び交う海鳥のけたたましい鳴き声が聴こえる。

港町特有の潮風と共に、強烈な塩と魚の匂いが鼻を突く。

大通りの建物の軒先には、帝都への陸路輸送に耐えるよう加工された巨大な魚の干物や塩漬けの肉が、そこかしこに吊るされていた。




「ようやく着いたな。魔獣にも遭遇して疲れたし、とりあえず宿をとったら飯でも食いに行って今日はもうゆっくりしようぜ。なぁエリアン」


「そ、そうだな。そうしよう」

(人間扱いに戻った…。機嫌が直ってきたみたいでよかった…)

「すいません、どこか宿の前までお願いします」


馬車は大通り沿いに進む。




「お客さん。ここ空いてるみたいですよ」

宿に空きの確認をしに行った御者が戻ってくる。

早速宿泊の手続きを済ませ、荷物の運び込みまで手伝ってもらった。


「それじゃあ私はこれで。系列店舗がこの街にもありますのでお帰りの際もよろしければご利用ください」


「はい。ありがとうございました。是非ともそうさせていただきます」


入口で御者を見送り、テオとリネットは物珍しさに周囲を見渡していた。


「ん?」


並んで吊るされた干物を見上げたテオが、ふと視線を止める。


「…なんだあれ?」


「どうしたんです?」


「あそこ…屋根の上に…人が…寝てる…???」


「本当ですねぇ。何してるんだろう」


さすがに疲れたので早く休みたい。

遠くの建物の屋根を見上げる2人に声をかける。

「おい、部屋に戻るぞ。世の中には変なやつがいっぱいいるし気にするな」


「確かにな」


「おい、なぜ俺の方を見る…」



     ◇



「準備は出来ましたかぁ?」

夕食の飯屋を探す集合時間に合わせ、ローブを被ったリネットが隣の部屋からやって来た。


今回宿は2部屋とっている。

リネットの部屋を荷物置き場と兼用し、もう1部屋をエリアンとテオが使用する。


「おいリネット。帝都じゃないんだからそんなもん被らなくていいぞ。暑苦しい…」


エリアンが呆れたように指摘する。


「あ、そうでしたね」


部屋へ戻るリネットを見送りながらテオは嫌な予感がする。


「おい、あいつ今から着替えたら時間かかるやつじゃん…。言わなくてよかったんじゃ…」


「あ…」




………


……


…


「腹減ったなぁ…」


「あぁ」


「鳥ってどこでも飛んでるよなぁ」


「あぁ。あいつらは着替えとかしないから楽そうだなぁ」


「…」


「…」


身軽な服装に着替えたリネットが現れるまでおよそ20分。

エリアンとテオは虚無の表情で窓の外を眺めて過ごした。



     ◇



「このあたりはあまり飯屋がないな」

周囲を見渡しながらテオが呟く。

一行は食事処を探し、大通りを練り歩いていた。


「あぁ、このまま大通りを真っ直ぐ行くと中央広場があるんだ。そこの右手が繁華街になってて店がたくさんあるぞ」


「へぇ。リネットってナウマリス来た事あるか? 俺初めて来たんだけど」


「いやぁ。私もたぶんないですねぇ。小さい頃いろいろな街に連れて行ってもらいましたけど、ここは覚えがないです。エリアンはその口ぶりからするとあるんです?」


「何回かな。まぁ全部学術院の使いでだけどな…」


「中央広場って遠いのか? 腹減ったー」


「テオが屋根の上で寝てるやつを見つけた建物のあたりだ。もうすぐだ」




間もなく到着した中央広場は、石造りの時計台を兼ねた噴水を中心に、円形に石畳が敷き詰められており美しい。

半径も30〜40mほどはありそうでかなり広い。


「さっきも言ったが右手が繁華街だ。このまま真っ直ぐ進めば港。左手は住宅街だ」


「へぇ」


物珍しさに空腹を忘れ、テオは時計台の根元にある噴水まで駆け寄る。


ふと時計台の向こう側に目をやると、漁に使う網だろうか、建物の屋根にたくさん干されているのが見える。

そして広場の先はやや傾斜になっており、薄暗くてはっきりは見えないものの建物の向こう側には海らしきものも見える。


「おぉ、あれって海か?! 初めて見た! 見えるの知ってたらもうちょっと明るい時間に来たのになぁ」


「まぁ明日見ればいいだろ。さっさと飯屋探すぞ」

エリアンが近づいてきて催促する。


「まったくもうテオはお子様ですねぇ。海なんてそのうち見飽きますよぉ」

リネットは興味なさそうに繁華街の方に歩いていってしまった。


「…。うっせぇなぁ。まったく…。感受性に乏しいやつらばっかで嫌になるぜ…」




渋々歩き出したテオがエリアンと共に繁華街の手前に到着するなり、エリアンが切り出す。


「どうせ何日か滞在するだろうし、適当に近場の安そうなとこに入るけどいいよな?」


「えぇ? せっかくだし美味しそうなところ行こうぜ?」


「…」


(…ん?)

目を合わせずに沈黙するエリアンを見てテオは何かを察する。


「え…。まさか…。経費は…?」


「…。ノーマンがな…。ちょっと今月の予算厳しいからいったん立て替えておいてくれってさ…」


「今月始まったばかりなのにどういう事だよ…。てか先に言えよぉ…」


「いや、馬車の中で言うつもりだったんだがいろいろあって言うタイミングを逃した…」




(嫌な予感がするぞ…)


細かい事は知らないが、ノーマンが持ってくる依頼には何種類かあるようだ。

今回はうちに落ち度があるとはいえ、そこは依頼という体を取っているため通常の内容と変わらないはずだ。

その中でも、このいったん立て替えておいてくれのパターンで学術院の経費申請が通った記憶がない。

(それはもう自腹でやれと言うのと同義なんだが…)


そしてテオは経験則で知っている。

魔獣化した獣というのは総じて攻撃性が高くなる。警戒や威嚇がより直接的な攻撃として表れるのだろう。鉢合わせれば十中八九戦闘になると思われる。

当然のように支給品など無し。自前で一式揃えるのだが、この戦闘で使用した弾薬や破れた衣類等もなかなか経費として認められない。

もっと上手く戦えば発生しなかったものに関しては認められない、というのがお決まりの却下理由だ。

(裸で素手の戦闘でもしない限り無理に決まってんだろ…)


ついでに戦闘で壊れた建造物や置物といった小物まで細かく帝都の査察官が調査し、認められた物しか補償の対象にならない。

これも当然だがほとんど認められないため、立て替えた金はほぼ返ってこない。

もっと上手く戦えば破損しないからである。

(だったら周りを気遣って戦ってもこなせるような依頼を持ってきやがれ…それにうちには作るより壊す方が得意なアホがいるんだぞ…無理だろ…)


しかもだ。学術院からエリアンに押し付けられる依頼といえば大抵が一筋縄ではいかないものばかりだ。

おそらくただの熊じゃなくて魔獣化している可能性が高い。

魔獣は貴重な研究材料になるため、討伐しても学術院の解析行きになるだろう。

つまり通常の狩猟のように毛皮や希少な部位を売却するという副次的な収入が期待出来ないのである。

(これ絶対利益出ないやつだわ…)


絶望のあまり目の前が真っ暗になる。




「テオどうしたんです?」


先の方を見に行っていたリネットが戻ってくると、エリアンの横に生ける屍と化したテオが立ち尽くしていた。

そして目を合わせようとしないエリアンを見てリネットも何かを察する。


「エリアン…? 私事務作業してて細かい部分聞いてなかったんですけど…。経費は出るんですよね…?」




………


……


…


「ご注文はお決まりでしょうか? …お客様大丈夫ですか…?」


エリアンの向かいに座る生ける屍×2を見て店員が問いかける。


「あぁ、はい、よくある事なのでお気になさらず。シーフードのパスタを人数分お願いします」

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