第6話 報告書
「痛ぇ…」
あちこち打撲の痛みがあるテオは、額を押さえながら一足先に馬車へ乗り込む。
リネットから預かった氷塊砲を荷台に戻す際に氷塊生成の魔法具を取り外してから座席へ着く。
そして魔法具を起動して氷を生成し、タオルへ包んだ。
(眼帯も邪魔くさいな…)
先程回収して仕舞っておいたアノマライト鉱石を再び足元から取り出し、氷と一緒に包み額に当てる。
アノマライト鉱は魔鉱石である。
エーテルを流す事で魔法効果を引き起こすレゾナイト鉱とは対となる存在で、魔法効果を打ち消すのだ。
正確にはエーテルの動きを止めていると言われており、その範囲では魔感も働かなくなる。
テオは空いている方の手で眼帯を外すと、窓の外へ視線を移した。
向かいの馬車の方を見ると、リネットが工房の代表で謝りに行っているようだ。
「大変申し訳ございません…」
「いやいや、俺達結局何も出来てないしさ。あんた達がいなかったら馬車がぶっ壊されるだけじゃ済まなかっただろうし」
「そうそう。姉ちゃん気にしないでくれよ」
「いえいえ、本当に人に被害が出なくてよかったですぅ…。いつもこんなのばかりで…。うぅ…」
「苦労してそうだねぇ」
「俺達気にしてないからさ、元気出してくれよ」
四方に散っていた護衛たちもいつの間にか戻っているようだ。
みんなで逆にリネットを慰めているように見える。
向かいの馬車との中間地点では、エリアンと御者と向かいの馬車の代表の3人で、何やら話し合い中だ。
「馬車の車体が壊れたくらいで、馬も積荷も、それから武器の類もだいたい無事みたいです」
「では何とかなりそうですね。報告書の方は私の方で提出しておきますので」
「お願いします。あと商会への連絡もお願い出来ますか…」
エリアンと向かいの馬車の代表が会話をしている間に、御者が報告書を作成しているようだ。
雰囲気からすると大きな問題は起きていなさそうに見える。
時間が経って頭の痛みが引いてきたせいか、今まであまり気になっていなかった身体の方が気になり始める。
ぶつかって倒れたときに尻から落ちたのだろう、鈍痛がする。
そして手をついたのだろうか。右の手首も痛い。
(くっそー。あちこち痛い…。少し横になろう…)
………
……
…
「ではよろしくお願いします」
エリアンの声が聞こえて目が覚める。
十分ほど寝ていたのだろうか。
足音がこちらに近づいてくるのが聞こえ、起き上がる。
「ふぅ…」
そう言ってエリアンが乗り込んでくる。
「終わったのか。あれ? 報告書っていつも1枚じゃなかったっけ?」
エリアンが持って来た2枚の文書を見て尋ねる。
「あぁ。こっちは商会への連絡用だ。馬車が壊れて運搬の時間が大幅に遅れるからな。帝都に着いたら送ってほしいんだとよ」
「なるほどねぇ。非正規なのにそのへんはちゃんとしてんだな」
「まぁ仕事自体は正規のやつみたいだからな。何でもナウマリスから気象兵器を点検のために軍部へ運搬中だったらしい」
「へー。さっきエリアンが言ってた兵器って気象兵器だったのか」
「あぁ。大気中の可燃性ガスを集めて起爆して雲を散らすらしい。あっちの海上は海賊のせいでいつも天候が悪いからな」
◇
そんな話をしていたところへ怒気に満ちた足音が聞こえてきた。
勢い良く馬車の扉が開けられる。
「まったくもう! エリアンはまったくもうなんですから!!」
リネットがお怒りの様子で戻ってきた。
「あ、リネットさんお疲れ様です…」
「すいません、出してください」
エリアンが気まずそうに出迎えつつ御者に出発を促す。
「あっちの馬車の人が優しい人達で良かったですよ本当に! 損害の請求はしないそうです!!」
「おぉ、それはよかった。リネットさんの誠意ある謝罪が効果あったに違いないですねぇ。さすがです!」
「…。あの人達は馬車壊れちゃいましたけど。エリアンが壊しましたけど。あんなところで待たせて大丈夫なんですか?」
「わざわざ言い直したけど俺が壊したわけじゃないんですよ? あくまでも魔獣がね? そこは間違ってもらったら困るなぁ。ははは」
(俺は知っている。こういうときはリネットを刺激してはいけない事を。ここからは間違えてはいけないのだ)
「…」
「馬車に積んでた武器も結構無事だったみたいで、いざとなれば応戦出来る備えはあるみたいだし!」
「それにあの辺はほとんど魔獣の出現報告は無いし、近くには昔の塹壕もあるから大丈夫!」
「それならまぁ安心ですね。あの馬車はちゃんと直るんですかねぇ」
「まぁ結構派手に壊れたから修理代は結構しそうではあるな。しかもあの非正規のやつら自前の馬車だろうなぁ」
「非正規はおそらく補償も出ないから赤字だろうなぁ。可哀想に」
「たとえ補償があっても荷物は吹き飛ばされたくありませんけどね。手続きや買い替える手間も考えてくださいよ」
(おっと、間違えたか? 嫌な予感がするぞ…?)
「しかも兵器って言っても、あれは大気中の可燃性ガスを集めるだけって話じゃないですかぁ」
「そんなもの守って私たちの荷物が犠牲になっていたらと思うと…まったく!」
「まぁまぁ。あのときは何か分からなかったし、仮に分かってたとしても誤作動を起こしてガスに着火してたら大惨事だからまずいじゃないか」
「そもそも兵器には大量のエーテル注入をしないと起動しないでしょう? 魔獣の突進くらいでいちいち暴発するわけがないじゃないですか、もう!」
(リネットさん止まらないなぁ…)
エリアンはテオに助け舟を求めようとチラ見するが、テオは外を眺め俺を巻き込むなオーラを全開にしている。
(くっ…)
「その手に持ってるのは報告書ですか? ちゃんと提出してくださいね? 前も提出忘れて、ノーマンさんが出した事にしてくれなかったら危うく罰金払わないといけないところだったんですから!」
「はい…。反省しております…」
「あ、帝都の方から数台の馬車が来てるぞ! きっと門前払いくらったやつらの乗合馬車だろうな!」
「こっちの方角って事はヴェネモラかな? ナウマリスはちょっと遠いもんな!」
「あ、私達が出るときに揉めてたローブの人もいますねぇ。野宿とかじゃないみたいでよかったですねぇ」
「あぁ。さすがに野宿は無いだろうけどな。危険すぎるからそうなるくらいなら拘置所だろう。まぁ他の街までいけるに越したことはないからよかった」
「それはそうとですねぇ。報告書の不備も今まで散々指摘されてるんです! しっかり書きましたか?!」
(話題戻ってくるんかい…)
この日、帝都に辿り着くまでリネットの怒りが収まる事はなかった。




