第59話 引き出し
あのとき。
きっとあの幽体はエレノアだったのだろう。
魔法具を使っていなかった。
発現者ではないはずなのに魔法を使っていた。
あの姿はエレノアが憧れてなれなかった姿だったのだ。
私はそんなエレノアを見て、どうしようもなく抱きしめたくなった。
敵意とコンプレックスをむき出しで襲いかかってくるその姿に、逃げ続けた自分が重なったのだろう。
………
……
…
4月12日 金曜日。
「ん〜! なんだか久々に良い寝覚め!」
「あれ?」
起き上がったリネットはいつもと違う景色に戸惑う。
目の前の床に屍が3つ転がっていた。
「ん? ソファで寝ている…? あれ? 昨日どうしたんでしたっけ???」
屍達が起き上がる。
「起きたかー!!!! 心配させやがって!!!!」
再び倒れ込むエリアン。
「ふぅ…」
ぐったりと頭を垂れるテオ。
「おはよう」
穏やかな笑顔でこちらに向かってくるブランシュ。
そして抱きしめられる。
「?????」
◇
「えぇ…。ちょっと信じられないですねぇ…」
朝食を食べながらエリアンに諸々の経緯を聞いたリネットはまだ懐疑的だ。
「全然覚えてないのか?」
テオがマジで?という顔をしている。
「何も…。うーん…。でも最後にカレンダー見たときは水曜だった気がするんですよねぇ。それで今日は金曜日…」
「確かに何かあったんだろうなっていう事は分かるんですが、全然実感が湧かないですねぇ…」
「忘れていても大丈夫だ。私は覚えているしきちんとリネットと向き合える。後で一緒に買物に行こう」
「そうですねぇ。何を買いましょうか。ふふ。あれ? なんだか私ブランシュととても仲良くなっているような気がします」
「まぁ覚えてないにしては確かに何か前までと違う感じはするよなぁ」
「何が起きたんだろうな…」
テオの目から見ても明らかにリネットとブランシュの空気感が変わっている。
「レゾナイトは体内に定着すると、通常はオドを生成する臓器、いわゆる魔臓として機能すると言われているんだが。リネットの場合は脳に定着し腫瘍みたいになっていたんだと思う」
「その腫瘍が具体的に魔感野に対してどのような作用をもたらしていたのかは分からん。ただ少なくともその腫瘍が発していたと思われる音が聴こえなくなっている」
「壊れたって事か?」
「何とも言えないがその可能性が高いとは思ってる。レゾナイトから音が聴こえなくなるのは壊れたときか魔旋が消えて真っ更な状態だ」
「ブランシュの呼びかけに応じたエレノアが、腫瘍に対し自身の感覚器官に働きかけた結果、ストレス反応で壊れてその機能を失ったんだろうなとは予想する」
「そして機能が失われた事で感覚が失われ、感覚が失われた事でその感覚に紐づいていた記憶も引き出せなくなってしまったんだろうなと。まぁ全部推測にすぎんが」
だが2人の様子を見て思う。
「大事な感覚の引き出し方までは残っていたみたいで良かったな」
そのとき鉄の扉が開いた。
『ガシャンッ』
「よう…」
エリアンが呆れ顔でノーマンに声をかける。
「なんか日常が帰ってきたような気分だな」
テオはなぜか安心したような顔をする。
「あぁ。不思議な気分だ」
ブランシュはコーヒーを飲んでいる。
「あれ? 私だけ絶望している…?」
リネットは机に突っ伏しながら疑問を呈す。
「あぁ、そうか。お前は昨日の記憶がすっぽり抜け落ちてるんだもんな。残念ながらテオとブランシュは昨日ノーマンに遭遇していない」
「つまり精神ダメージは回復しているんだ」
「そんなぁ。ずるいですよぉ私だけ毎日ノーマンさんを見ているなんて…」
エリアンの解説を聞きリネットは嘆く。
そんなリネットをブランシュがなでなでする。
その様子を見ながらノーマンが話す。
「君たち本人を目の前に相変わらず容赦ないねぇ。俺の評価も改善してほしいものだけど」
「で、何しに来たんだ?」
エリアンは再び呆れたように聞く。
「幽霊騒動の扱いに関して一応連絡をね」
昨夜のうちに事の顛末はノーマンに連絡していたのだが、正直にリネットが犯人でしたという報告を上にあげるわけにいかない。
ちょっと考えると言っていたが、もう手を打ってきたようだ。
「早いな」
「うん。この話は俺のところで握りつぶすよ。今日以降で被害者が出なくなれば、そのうちこの件も忘れられるだろう」
「シュタイナー家は騒ぐかもしれないけど…でももう能力使えなくなってるんじゃ立証も不可能だしねぇ」
「それに犯人は強いて言うならエレノアという3年前に死んだ人物だ。幽霊は裁けないよ」
「そうか。すまんな。でもそれだけだったらわざわざここに来ないでも…。まさか別件があるんじゃないだろうな…」
「ない! ないって! 疑いすぎでしょ! 俺だってリネットちゃんの事心配してたんだよ! だから顔見に来たの!!」
「ノーマンさんの顔を見る方が病んでしまいそうです…」
「酷すぎぃ! 俺の方がそのうち病むからね!!」
「でも…ありがとうございました」
「いえいえ」
ノーマンは満足そうな顔で帰っていった。
「でもそっか。お祖父様とお祖母様心配してくれてたんですねぇ」
リネットが先程の話を思い出したように呟く。
少し寂しそうな、でも嬉しそうな顔をしていた。




