第56話 霞
馬車の乗合所から早足で工房に戻る。
作業場の扉を開けるとソファにリネットが寝ており、テオが傍に座っていた。
「どうした? そんなに慌てて?」
戻ってきたエリアンとブランシュの鬼気迫る様子を見てテオが驚く。
「リネットは何でここに?」
「1回起きて作業場に降りてきたんだけど、またすぐ寝ちまったんだ」
「そうか…。少し静かにしていてくれ」
エリアンはリネットの頭に顔を近づけ耳を澄ます。
「微かに変な音がする…やはり…」
エリアンは馬車でブランシュと話していた事をテオに話す。
「…。リネットが…」
絶句するテオ。
「俺に何かあったらノーマンを頼ってくれ。工房はお前に任せる…」
「…おい。滅多な事言うなよ…」
「ブランシュも、おそらくノーマンが何かしらサポートしてくれるはずだ…。すまんな」
「私の事は気にするな。それよりもきちんと救って戻ってくる事だけを考えろ」
ソファで眠るリネットの隣に座り込み、エリアンは目を閉じる。
リネットに向かってオドを飛ばす。
可能な限りの悪意をイメージして…。
「…ダメなのか…?」
エリアンが目を開ける。
「リネットのオドがこちらに向かってくる音が聞こえたが…。俺のオドの動きを抑えてみたが一向に仕掛けてくる気配が無かった…」
「オドの認識のさせ方が間違っているのか、敵対意思を乗せきれていないのか、それとも前提自体が間違っているのか…。くそ! どれだ…!」
エリアンに焦りが感じられる。
ブランシュがエリアンの方に歩いてくる。
肩に手を置き静かに言う。
「私が彼女に…リネットにオドをぶつけてみよう」
「…!」
確かにブランシュならいけるかもしれない、少なくとも自分よりは…とエリアンは思う。
リネット自身、ブランシュに苦手意識に近い感覚を持っていたのは確かだ。
それは自身が誰からも必要とされずに切り捨てられた過去のコンプレックスから来ているのであろう。
ブランシュは選ばれ必要とされる側の人間だ。
自らを蔑んでいるのではないか、嫌われたくない、もしかしたら羨む気持ちもあるかもしれない、そういう感情が起因している可能性が高い。
これはエレノアであったとしても同様だろう。
そしてブランシュもリネットに対して苦手意識に近い感覚を持っている。
ブランシュが実際のところどう思っているかは分からないが、おそらくリネットとは表裏の感情であることは予想出来る。
責任の無い立場を羨む気持ち、責任を押し付けられているような感覚、強さが自分の価値だと思っている場合は弱いところを見せられない重圧みたいなものもあるのだろう。
そういう土台がある状態でブランシュが悪意を乗せることが出来れば…
エレノアがブランシュを敵、自らに害意を持つ存在と認知する可能性は十分ある…!
「すまない。リネットを頼む…」
エリアンは立ち上がりブランシュと場所を変わる。
「自分のオドを落ち着かせる事は出来るか?」
「あまりやった事がないから分からないな」
「そしたら俺に任せろ。そこに寝てくれ」
テオがリネットに被せるために持ってきていた予備のシーツを床に敷いた。
ブランシュが仰向けに寝転がる。
目を閉じリネットに対する悪意をイメージする。
そしてオドをぶつける。
…。
…。
(…ここは…?)
家の前にいる。
見上げると中央の聖樹が見える。
(あれ? 何をしていたんだっけ…)
「姉様? 家に入らないのですか?」
「あ、あぁ」
(そうだ。学習院から帰る途中にシエルと合って一緒に帰っていたんだ)
(なんだか頭にモヤがかかったみたいだ)
扉までの通路を歩いてく。
手を伸ばし扉を開けようとしたときだった。
「大変です!」
伝令が慌てて屋敷に駆け込んでくる。
「評議院に敵襲!!」
(何だ…何だか覚えがあるような…)
「敵は誰だ! 評議院まで侵入を許したとはどういう状況だ!?」
少しモヤのかかった頭で咄嗟に聞き返す。
「セラフィナ様です…! どこの者か分かりませんが100名弱の部隊を率いています!!」
「そんなバカな…何かの間違いでは…」
「お気持ちは分かりますが…今は至急評議院へ…!!」
「…わかった!!」
荷物をその場に置き、聖樹を囲むように立てられたシルヴァレムの中央施設、その中でも最上位に位置する評議院へ駆け出す。




