第50話 講義
――最高学術院付属中央訓練校。
「ここは何度来ても懐かしいようなつい最近までいたような不思議な気持ちになるな」
学術院系列の高等部であり、かつてエリアンとノーマンが通っていた場所だ。
系列の中でも最上位に位置する最高学術院直系の訓練校であり、数多の研究者や開発者、学術院上層部の構成員を輩出している。
「おや、珍しいやつがいるじゃないか。臨時講師か?」
後方からの聞き覚えのある声に引き止められる。
(今日は知り合いによく会う日なのかなぁ…)
「どうも、お久しぶりです。アルバート先生」
「おい、元気が無さすぎるぞ。久々に会ったのに相変わらずだなぁ。工房は順調か?」
老人は苦笑いしながら尋ねる。
彼はエリアンやノーマンが在籍していたときに講師だった人物だ。
「いつも通りノーマンに良いように使われていますよ」
「ははっ。あいつはうちでも暴れてるぞ」
アルバートは現在学術院に在籍しているのだ。
「というか先生はなんでここに? 学術院の仕事はいいんですか?」
「おいおい、私がいちゃ迷惑みたいな言い方だな。お前の講義を受けて評価を付けてやろうか?」
老人は悪そうな笑顔をする。
「いや、勘弁してください…」
エリアンは苦笑いで返す。
「私はここの外部顧問も務めているからな。今日は視察だよ。終わったら大人しく学術院に帰るから安心しろ。まぁ後輩に悪いことを吹き込まんようにな」
笑いながら老人は去っていった。
(ふぅ…俺の周りは世話焼きな老人が多くて疲れる…)
◇
「オドはエーテルと共鳴する事により、エーテルの動きをコントロールする事が出来る」
「オドは物質に干渉は出来ないから、物質への干渉が可能なエーテルを経由して現象を起こすわけだ」
「このオドの共鳴、つまりコントロール能力は、オドとの距離が近ければ強力になり、エーテルと近い波長を起こせばより強力になる」
(教壇の上から見渡すと誰も寝ている生徒はいない)
(さすが最高峰だ)
「対人で相手の近くに直接火を起こしたり氷塊を生成する事が難しいのは、この共鳴力の影響だ」
「相手の近くにあるエーテルは、当然相手の方がより強い共鳴を起こすため、思い通りに操作する事が難しい」
「ではこのときに、相手の近くまでオドを飛ばす事が出来ればどうなるか」
(俺の方が眠くなってくるわ…)
「相手の近くのエーテルと自身のオドの距離が近い分、このエーテルの操作権の綱引きとでも言うべき事象を有利に運ぶことが出来る」
「この綱引きは完全に勝利する必要はない。ただ拮抗した綱引きをしている状態を作り出すだけで、相手は魔法を使えないという効果も付いてくる」
「オドは身体から離れたとしても、オドの性能自体は変わる事はない。ただし離れるとオドの操作を司る脳の魔感野の負担が大きくなる」
(俺の視床下部の負担がでかい…)
「では午後はこの技術を応用し、離れた場所に空気の層を作り物を掴む実習と魔法義肢の操作の実習を行う。以上」
(そういえば幽霊は鍵のかかった部屋の中で標的を痣だらけにしてるって話だったな)
(オドを飛ばし密室に侵入、室内で大気を使った被膜で拳を作って殴る、とかならいけるかもしれないな)
そんな事を考えながら昼食をとるエリアンであった。
◇
――夕方。
実習を終え帰路につくエリアンはとても疲れているようだ。
工房の前にノーマンとレオンの幻覚が見える。
「俺も疲労が溜まってるなぁ。幻覚が見えてるようだ。今日ノーマンは来ないはずだもんな」
「またまたそんなお約束のようなリアクションをしないでくれよぉ」
「おっと、そういえば巷で噂の幽霊かもしれんな。ちょっと魔法具で攻撃してみるか」
「おいおい落ち着いて? ていうか幽霊の話知ってるんだね。いやぁ手間が省けて助かるよ」
嫌な予感がする。
「聞きたくない聞きたくない帰れ帰れ帰れ帰れ」
「まぁまぁ立ち話もなんですし中へどうぞ」
「俺の工房なのになんでお前が招き入れるんだよ!!」
「では僕もお言葉に甘えまして」
「レオン! お前もこいつに突っ込め!!」
………
……
…
床に倒れている3人を尻目にノーマンは続ける。
「今朝3人目の被害者が出ちゃったみたいでさぁ。3日連続でしょ? さすがに放置するわけにいかんて上から言われちゃってさぁ」
「人間にこなせる依頼には限界があるって言ってたよな? あれか? もはや人間扱いしてないのか?」
「そんなわけないじゃーん。むしろ逆だよね。この程度じゃ君達の1日の依頼量の限界とは言えないと評価しまくってるくらいだよね」
(…こいつ…!)
「そういうわけでさ、今夜現場見てきてくれ。いやー、エリアンは頼りになるなぁ」
「…もういいよ。分かったよ。やってやるよくそが…」
「…で? そっちのレオン君は何の用かな?」
「嫌だなぁ。僕にまでそんな目をしないでくださいよ。昨日の件の調書役に選ばれただけですって」
「たまたま昼にエドガーから臨時講師の件を聞きまして、じゃあ夕方ノーマンさんと一緒に行こうかって話になったんですよ」
(こいつらなんだか似てきたな…)
「あぁ、なるほど。ノーマン、調書作成に協力してからでいいか?」
「いいよー」
「それにしても若手とはいえレオン君みたいな優秀な人材が調書役なんて地味な仕事を2回も押し付けられるなんてねぇ」
「軍部が嫌になったらうちにおいで?」
「はは。引き抜きの話なんて誰かに聞かれて上の人に知られたら怒られますよ。それに顔見知りの方が仕事もスムーズですし妥当な人選ですよ」
「おーい、無駄話してないで早く調書なんてめんどくさい作業終わらせようぜ」
ニコニコ話す緊張感の無い2人に呆れ気味でエリアンは促す。
「そこの屍3人、そろそろ起きろ。準備しててくれ」
「へーい…」
「はぁい…」
「…」
ノロノロと起き上がる3人を見ながら、講義中に思いついた事を思い出す。
「あ、ノーマン。今日講義してるときに思ったんだが、幽霊ってオドで拳を作ってタコ殴りにするとかそういうのじゃないかと思ったんだがどうだ?」
「うーん、なるほどねぇ。まぁ現場を見てみれば分かると思うんだけど、魔旋痕が無いんだよねぇ」
「…。つまり魔法が使われていない可能性が高い…という事か…」
「そういう事になるねぇ」
なかなか興味深い。
だがその好奇心と同等の薄気味悪さをエリアンは感じていた。




