第49話 一抹の不安
4月10日 水曜日。
目覚めて早々、臨時講師の日である事を思い出し、エリアンは億劫な気分になる。
(講義は昼から。午前中に納品済ませてそのまま移動かなぁ)
そんな事を考えながら、作業場に向かう。
「…何してんだテオ…?」
作業場の何も無いスペースでテオが手を振り回したり突き出したりしている。
「なんか上手く氷塊を打ち出せねぇんだよなぁ」
どうやら昨日コピーした魔法の練習をしていたらしい。
「あぁ。そういえばあれコピーしてたんだったな。でも扱い難しいぞ」
「うーん。俺も見たとき調整が難しそうだなと思ったけどやってみたら案の定だ」
エリアンは昨日のローブの人物がやっていたように、両手の人差し指と親指を結んで輪を作り、そこからテオを覗く。
「昨日のやつはこんな風に指で輪を作ってたろ? あれ氷塊と砲身の気流、さらに空気を圧縮する地点を一直線に並べて照準を作るイメージをしてるんだ」
「あー、なんかカッコつけてるだけかなと思ったけどそんな意味があったのか」
「カッコつけるわけないだろ…。あれは人によってイメージがかなりバラバラなんだ」
「氷塊の生成が苦手なやつは周囲の冷気を奪うような感覚に近い動作をするし、気流に不安があるやつは真っ直ぐな砲身をイメージしやすい動作をする」
「シンプルに天性の感覚で発射出来る単一の魔法と違って、発現者といえども複数の魔法を組み合わせる作業はイメージを補完する動作が必要になるってわけだ」
「なるほどねぇ」
「魔旋はコピーしたからといって、強弱や指向性の調整はあくまでも感覚の問題だからな。お前も試行錯誤して修練しないと威力や精度は低いままだぞ」
「じゃあ今日はお前が講義行っている間修行タイムだな。なんか久々の魔法の練習だからテンション上がるぜ」
「俺はテンション下がりまくりだ…」
「リネットとブランシュは?」
「起きたとき屋上の扉が開く音がしたからブランシュは日向ぼっこでもしてるんじゃないかな。リネットはまだ見てないから寝てるんじゃないか?」
「…そうか」
「ん? テオ、お前左足どうした?」
今日は短パンを穿いているテオの左足の膝のあたりが赤くなっている。
「あれ? さっきぶつけたかな?」
「あ、昨日か…? そういえば昨日からなんか少し膝のあたりがヒリヒリすると思ってたんだよな」
「まぁその程度なら大丈夫か」
「はぁ…。とりあえず準備すっか…。午前中に納品済ませるぞ。あと30分くらいで出たいから2人に声かけてきてくれ」
◇
「モニカちゃん、元気してた?」
工房のある区画の統括局に到着したエリアンは一目散に受付のお姉さんに声をかける。
「あら、エリアンさん、先週からいらっしゃらなくてどうしたのかなって思ってたんですよぉ」
モニカは愛想良く笑顔を振りまきながら答える。
「おいおっさん、若い子にデレデレすんなよ…」
「モニカさんもそんな着崩して…。おっさんが谷間をチラチラ見てますよ! まったく…」
リネットがじっとりとした視線をエリアンに向けつつモニカにも小言を言う。
「み、見てないし!!」
「見せてるから大丈夫ですよぉ。この方がお兄様方の機嫌が良いし仕事しやすいんですぅ♡」
「え、じゃあ遠慮なく…!」
「このビッチめ…」
クネクネするモニカにリネットは呆れまくっている。
「あの受付嬢とリネットは随分遠慮がないな。知り合いなのか?」
後方で見守っていたブランシュが隣のテオに質問する。
「あぁ。あのお姉さんはモニカって言って、リネットとは飲み友達なんだよ」
「モニカの方が年上だけど遠慮なく愚痴りまくりの飲みまくりで気が合った親友みたいな感じらしい」
「リネットは酒癖悪いって言ってなかったか…? それと張り合えるレベルなのか…」
「あぁ…。リネットが踊り狂ってモニカがキス魔になる阿鼻叫喚の地獄絵図の中、迎えに行った俺がリネットを担いで帰るのがいつものパターンだな…」
「…」
「まったくもう! 胸ばっかり見て! エリアンはちょっとはテオを見習ってください!」
リネットはテオの方を指さす。
「いや、俺はデカい乳に興味ないだけだぞ。顔は可愛いからさっきからガン見しているし」
「きゃー! テオくん可愛い事言ってくれるじゃない!♡」
テオは飛び火に油を注ぐ。
「おのれ…。ブランシュ! この男どもに何か言ってやってください!」
リネットはブランシュに乞い願う視線を向ける。
「いや、いい乳してるなと思って私もさっきからガン見してるぞ」
「やだぁ! 嬉しいっ!♡」
「こいつら…。何…。何なの…。私がおかしいんですか…」
ツッコミの手が足りない状況にリネットの方が折れそうになる。
「まぁまぁ。リネットをからかうのはそのくらいにしましょう。納品ですよね? 手続きに必要な書類持ってきますので少々お待ちくださぁい」
………
……
…
納品を終えた4人は外に出る。
「じゃあ俺は訓練校に行くから。気をつけて帰れよ」
そう言ってエリアンは3人とは違う方向に歩き始めようとしたとき、思い出したようにテオの方へ戻ってくる。
「ちょっとリネットが心配だから、気をつけといてくれ」
テオに耳打ちする。
「おぉ」
テオも気になっているようだ。
比較的朝は早いリネットが今日も寝ていた。
疲れが溜まっていたとはいえ過去にもハードなときはあったし、ここまで不調を引きずっているのは珍しい。
一抹の不安を抱えながら訓練校の方へ歩を進めた。
◇
「あらぁ! エリアンじゃないの!!」
聞き覚えのある明るい声を聞き、エリアンは反射的にビクッとする。
「う…。マルタさんお久しぶりです」
「人の顔を見るなり『う…』って何よまったく。相変わらずだねぇ。リネットちゃんを見習いなさいよ。人当たりも良くていつも元気じゃないかい」
「あんたよりもよっぽど経営者って感じがするよ。もうちょっとシャキッとしなさいよ」
「いやぁ…。人を選んでちゃんとやってますよぉ…」
「ちょっと。あたしには別に適当でいいやって事かい? まったくもう。いやだねぇ」
「小さい頃からいろいろ面倒見て世話してるつもりなのにこの恩知らずは余計なお世話とでも思ってるんだろうねぇ」
(急いでるのに説教モードだ…。マルタさん話長いんだよなぁ…)
「ほら、もう心ここにあらず。聞き流しモードに入ってるね」
「ぐ…。すいません、実は今日高等部の臨時講師で急いでまして…」
「あら、もうそんな時期かい。早いねぇ。気をつけていってらっしゃいね」
「はい、それでは…」
「あ、気をつけてと言ったら!」
(まだ終わらないんかい!)
「一昨日リネットちゃんにも言った幽霊の噂なんだけどねぇ。昨日も似たような事件が起こったみたいよ? 朝起きてこない同居人を起こしにいったら鍵がかかってて…」
「今度は隣の区画みたい。得体が知れない事件だし気をつけなさいねぇ!」
「…2件目…ですか…」
「ほら! 急いでるんでしょ! 早く行きなさいな!」
(自分で引き止めたのに!)
「はいぃ。マルタさんもお気をつけて」
リネットの症状と幽霊現象。
今のところ関連があるとは思えないが、ほんの少しだけ気になるエリアンだった。




