第48話 新月
「いなくなったぞ!」
「…ダメだ…。胸を撃ち抜かれている…」
兵士達の会話の様子を聞いてブランシュは顔を上げる。
「敵は去ったようだ。大丈夫か?」
「ごめんなさい…。私気が動転していたみたいです…」
あの状況で頭を上げるのは自殺行為であり、冷静になってきたリネットは己の行動に呆然としている。
「しばらくそこに隠れていろ。私が見てくる」
立ち上がると前方の防壁の近くに軍服の男が仰向けに倒れている。
胸にこぶし大の穴が開いており、防壁には氷のかけらが散乱している。
防壁を飛び越えてみると一部氷がへばりつき冷気が漂っている。
(確かあの軍服の男は10mほど向こうにいたな)
(信号弾を見てしゃがんでいたところ、川の方から狙撃され、ここまで飛ばされたという事か)
防壁にへばりつく氷の位置はちょうどしゃがんだ人間の胸の高さだ。
(貫通したうえで防壁に衝突してあの威力…。出力はこの氷塊砲かそれ以上だな)
(あの魔匠が言うには暗殺部隊は魔法具を持ち歩かないという。魔法具無しでこの威力は恐るべき出力だ)
「おい! 何があった!!」
衝撃音を聞いたエリアン達が駆けつけてきたようだ。
ブランシュは壁越しに聞いていた兵士達の様子と先ほど見た状況を合わせて説明した。
………
……
…
「なるほど。目か。そうなると相手はレイヴンだな」
「そいつらも非合法の暗殺組織とやらか?」
「そうだ。やつらはツーマンセルで動く。大気中の空気でレンズを作る観測手と、観測手のGoサインで照準としてのレンズを作る狙撃手がいる」
「やつらには遠くの標的が大きく見える代わりに、標的側からすると逆にやつらの眼が大きく見えるというわけだ」
「はぁ…。ひとまず任務は失敗だな。3人で引き上げる準備をしておいてくれ。俺はあいつらと話してくる」
エリアンは半ば呆然とするアノマライト兵、そして軍服2名のうち生き残った方に、遭遇した狙撃手の情報を共有すると共に引き上げる旨を伝えに行った。
◇
――2時間後。
エリアン一行は帰りの馬車に揺られていた。
任務失敗とあって空気は重めだ。
「まぁ分かんない事が多いんだろうけど。とりあえず口に出してみると頭整理されたりするぞ?」
黙り込むエリアンを見かねてテオが促す。
情報を焦らすような性格ではない事は分かっている。
こういうときは大抵考えが煮詰まっているときだ。
「そうだな。分からんのは3つ」
「なぜ軍部のお偉いさんが狙われているのか」
「なぜノーマンがこの件を俺に依頼してくるのか」
「なぜ軍部の護衛が2回も失敗しているのか」
「まぁ根拠の薄い雑な予想ならある」
「軍部のお偉いさんがくたばれば学術院は喜ぶ。しかも自分達の縄張りにいちゃもんつけようとしてるやつらが消える。学術院が非合法組織を使って暗殺に動く一定の説得力はある」
「ノーマンが俺に依頼してくるのは、例え軍部の人間であっても暗殺という手段で解決すると、より軍部との溝が深まり軍部側からの報復もありえるからそれを阻止するためだ」
「護衛の1回目は単に襲撃の可能性をそこまで考えていなかった。2回目は敵の戦力をそこまで考えていなかった」
「だがこれらはさっきも言ったが根拠が薄い」
「まず暗殺である必要性がない。というかそこまでする理由を見つけられていない。普通に今までやってきたみたいに証拠を揉み消せば大した事ではない」
「ノーマンが本気で止めようとするならそもそも俺じゃなく学術院を動かせば良い」
「1回目狙撃されて出し抜かれてるのに2回目にアノマライト兵まで持ち出して狙撃の警戒は2名体制というのは腑に落ちない」
「うーん。確かにそうだなぁ」
一気に語るエリアンの説明に耳を傾け、テオも少し考えてみる。
「分からん」
「少しいいか? 襲撃のときにほんの少しだけ違和感のある会話を聞いたのだが」
「なんだ?」
自信なさげに切り出したブランシュにエリアンが食いつく。
「あ、いや本当に少しあれ? と思っただけだ。別にそういう事もある程度の事なんだが…」
「全然構わん。そういう違和感は、単に勘違いだったり気にしすぎなケースも確かにあるが、無意識に矛盾を察知しているケースも紛れている。重要な情報だ」
ブランシュの話を聞き、エリアンにも僅かな引っ掛かりがあった。
今のところは99%気にしすぎだ。
ただ気の所為では無かった場合、前提が大きく覆る、そんな予感がした。
エリアンは窓から空を見上げる。
そこには雲一つない新月の闇が広がっていた。




