第42話 噂
分かっていた。分かっていたんだ。俺は。
この街で生きるという事は想像以上に過酷であり理不尽でない事など探し出すほうが難しい。
そういう場所なんだここは。
アマルガムと呼ばれるこの…
「戻ってこいテオ」
「うぅ…。こんな事だろうと思ってましたけどねぇ…。うぅ…」
「…」
現実から目を背け窓の外を見つめるテオを、無表情で呼び戻そうとするエリアン。
そしてさめざめと泣くリネット。
工房の日常を理解し無言のブランシュ。
「いやぁ。大変だったんだよ? 下手するとマイナスになりそうだったのにめちゃくちゃ帝都の補償にねじ込んだんだから」
「俺にももっと労いの言葉があってもいいと思うんだよねぇ」
なぜか笑顔のノーマン。
そして少しスッキリした表情のエドガー。
不憫な者達を見つめるレオン。
報酬発表を終え、少しの雑談を経てそのカオスは解散となった。
◇
「はぁ…めちゃくちゃ疲れた…ノーマンのやつぬか喜びもいいところだ…」
「さっさと魔法具作り上げて寝よう…」
「頑張ってくださぁい…。あ、さっき予備の茶葉が少なくなってたので買いにいってきまぁす…」
備品棚に向かおうとしていたブランシュが足を止める。
「私も行こう。まだ道も全然分からないから教えてもらえると助かる」
「お、そうだな。買い物ついでにいろいろ案内してやってくれリネット」
「はーい!」
「おっと、そうだった。ブランシュの名前どうにかしないとな。うーん」
「よし、外ではエマにするか。1番か2番目くらいに多い名前だから目立たんだろう」
「あとブランシュ。極力ローブは脱ぐなよ。目深く被ったままにしておけ。もしかしたら顔を知ってるやつがいるかもしれんしな」
「分かっている。今朝日もたくさん浴びたし何も問題無い」
「日を浴びてなかったら脱ぎそうな発言がちょっと怖いが…。気をつけてな」
「さーて…やるかテオ…」
「へーい…」
――商店街からの帰り道。
「区画をまたぐと景色が全然違うんだな」
「場所によっては隣同士でも100年以上後に出来ている場所とかありますしねぇ」
「ブ…。エマさんの故郷だと外壁までは完全にひとつの街なんですよねぇ確か」
「そうだな。ただカルデラ内に作られた街だから、どの方向を見ても外壁が見えるせいか開放感のようなものはあまり無いな」
「逆にこの街の方が高い建物で壁が見えない事が多く、息苦しさみたいなものは感じないな」
「へぇ。そんな感じなんですねぇ。街全体の魔感が違ったりエーテル濃度も違うせいで、感覚が全然違うみたいな話は良く聞きますねぇ」
「私も行ってみたいなぁ」
「あぁ。私はナウマリスである程度慣れたから今はそうでもないが、最初の頃は慣れない感覚のせいで必要以上に漠然とした不安とかあったな」
「シルヴァレムか。ほんの2週間前はあそこから出た事もなかったのに不思議な気分だ」
「あっ」
「…?」
「あ…いえ…。あの…もしかしたら思い出したくない場所だったかもしれないのに無神経な事言ってしまったかもって…」
「…すまない。私は大丈夫だ」
そのとき前方から明るく高い声が響く。
「あら? リネットちゃんじゃないのぉ! 最近見てなかったから心配したのよぉ!」
工房の隣に営業日が不定期な喫茶店を構えるマルタさんだ。
「あー! マルタさん! お久しぶりです! 先週ナウマリスに行ってたんですよぉ!」
「あらぁそうだったの! また学術院の? 本当に大変ねぇ。エリアンは相変わらずなの? あら、そちらの方はどなた?」
「はい、エリアンはいつも通りです。こちらの方はですねぇ。月曜から工房で働き始めたエマさんです!」
「エマです。よろしくお願いします」
「工房の隣に住んでいるマルタです。よろしくねぇ。エリアンといると大変だと思うけど、リネットちゃんはしっかりしてるから大丈夫よ!」
「はい…そのへんはよくわかりました…」
「早速いろいろあったみたいねぇ。まったくもうエリアンは。まぁ困った事があったらいつでも言ってちょうだい」
「あとエリアンに変な事されたらすぐ言ってね。あたしも夫も元学術院に勤めていたから偉い人に知り合いも多いの。エリアンを懲らしめてやるから」
「マルタさん、工房が潰れると私たちも困るのでほどほどでお願いしますねぇ」
「分かってるわよぉ。あら、買い物に行く途中だったわ。リネットちゃん達は帰る途中みたいね。気をつけてねぇ」
「今日も変な事件が起きたって騒いでたみたいだから」
「あぁ、軍部の暗殺事件ですね。うちは狙われるような偉い人はいないので大丈夫ですよぉ。それで言ったらマルタさんの家の方こそじゃないですかぁ。心配ですよ」
「軍部の暗殺事件…? それは初耳ねぇ」
「え? あ! これもしかして口外しちゃいけないやつかもでした! ごめんなさい聞かなかった事に…」
「ん? そしたら変な事件て何があったんです?」
「まったくもう。あたしは大丈夫だけどそういう話はもっと気をつけなきゃ」
「あたしも人伝てに聞いただけだから本当にただの噂なんだけどねぇ。区画の端の方の家らしいんだけどねぇ。昨日の夜中に鍵のかかった部屋で寝ていた人が襲われたらしいのよぉ」
「今日の昼間、起きてこないから不審に思った家族が外から窓を壊して入ってみたら全身痣だらけで発見されたみたいなの」
「そんな状況だからみんな幽霊に襲われたんじゃないかって騒いでいたのよぉ」




