第40話 来訪
(眠たい…)
リネットは起き上がると、そのまま作業場に面する窓のカーテンを少しめくる。
作業場にかけてある大時計を窓越しに見るためだ。
誰もいない作業場からはかすかに秒針の音が聞こえる。
地下の中二階にある部屋からだと少し見下ろす位置にあるその時計は、9時すぎを指していた。
昨日水路の巡回を終えてからエリアン一行が帰宅したのは深夜だった。
本日は4月8日 月曜日。
先週は港町での魔獣騒動、やっと昨日帰ってきたと思ったら0時近くまで巡回任務。
本当なら今日は休みたいところだが、まだ1件魔法具の納品が今週期限で残っている。
(黒い…。労働環境が黒すぎる…泣)
(いつかパン屋さんとかカフェみたいなとこに転職したい…)
転職への妄想を膨らませ、いつものようにため息をつく。
自分の居場所はここしかないのだ。
(さて、今日は昼まで休みって言ってたし二度寝しましょう)
◇
――12時すぎ。
「おぉ、リネットがようやく降りてきたか。やっぱ疲れが溜まってたか」
いつもは工房メンバーの中でも比較的早いリネットが目をこすりながら降りてくるのを見て、既に作業を始めていたエリアンが声をかける。
テオはエリアンの手伝いをしており、ブランシュは何やら備品棚の方で仕分けをしているようだ。
「えぇ、まだ頭がボーッとしますぅ…。なんだか楽しい夢を見てたような気がするんですが思い出せないですぅ」
「ふーん。俺はなんだか妙にリアルな夢を見たんだけどあまり思い出せん。疲れているときによくそういうの見る気がするな」
「夢のない現場で夢の話とかしてないでさっさと終わらせようぜ? 今日は軍部の人が調書取りに来るんだろ? 早めに片付けないと時間が無くなる」
「調書どころかノーマンまで現れたらどうすんだよ…」
エリアンがリネットとの他愛の無い会話で手を止めたのを見て、テオがチクリと釘を差す。
そのときだった。
鉄の扉から厄災のしらべがこだまする。
「はははー、みんな下を向いてどうしたんだい? ほら、無言だとそれはそれできついから何か言ってくれよー」
笑顔の悪魔がそこに立っていた。
「…して…」
「ん? なになに?」
「…殺…して…」
「おいおい落ち着いてくれ! 今日は依頼じゃないって!」
「なんだよ先に言えよ!」
「そうですよ! まったく!」
「危うく犯罪に手を染めるところだったぞ」
ブランシュは少し離れた備品棚のそばでローブを被り、無言でその様子を見ていた。
(やばいところに来てしまったのかもしれない…)
◇
「今日はね、エドガー君の同期がここに用があるって言うから、連日の労いと報酬の件を話しに同行したってわけなんだよー」
ノーマンの後ろから2名の若者が現れる。
ノーマンの後輩で何度か面識のあるエドガー。
そしてもう1人は…
「あ、昨日の軍部の人じゃないですか。へぇ。エドガー君の知人だったんですねぇ。やぁエドガー君久しぶり!」
少し驚いた後で笑顔でエドガーに話しかけるエリアン。
「お久しぶりですエリアンさん。大変ご活躍のようで我々も喜ばしい限りです」
「なぁノーマン? エドガー君の目が笑ってないよ? どころかキマってる感じの目で怖いよ?」
「いやー、胸に手を当ててみるといいんじゃないかな?」
「エドガー君、落ち着いて?」
「どいつもこいつも俺の扱い酷いな…」
「てかそちらの軍部の人がやたら俺の事について詳しいと思ったらエドガー君から聞いていたのか。ははは、いやー、だいぶ盛られてる感じがして困るなぁ。ちゃんと説明していただかないと」
「エドガー君、エリアンは君の手を汚すほどの価値はない。落ち着くんだ」
より禍々しい笑顔になったエドガーをなだめるノーマン。
(若者がおっさんに翻弄されるのはどこも同じか…世知辛いな…)
やり取りを見守るテオは静かにエドガーに同情するのであった。




