第36話 日常
「嘘…だろ…? さっき帰ってきたばっかだぞ…?」
その場に崩れ落ちるテオ。
「落ち着きましょう。港町の調査の件の報酬を持ってきただけ…かもしれません…。早すぎ…ますが…。うぅ…」
テオをなだめようとしながらも不都合な真実に気づいてしまい泣き崩れるリネット。
「厄災をもたらす者よ。去れ」
扉の方に視線を向けずに語りかけるエリアン。
「…」
いつの間にかローブを目深に被り無言のブランシュ。
「まだ何も言ってないのに君たち酷くない…?」
「まぁ依頼なんだけどね。今夜水路に行ってくんない?」
『ガシャンッ』
エリアンも机に突っ伏した。
――数分後。
「用件だけ言ったら颯爽と帰っていきやがったなあいつ…」
床に転がったままでテオがボヤく。
「さすがにノーマンさんも気まずかったんじゃないですかねぇ」
「それよりテオはお留守番がいいんじゃないですか? 行っても動けないですよね?」
床に座りながらリネットが尋ねる。
テオはゆっくり立ち上がりながら答える。
「うーん、まぁ歩けるし見張りくらい出来るだろうし行くよ」
エリアンは起き上がる気力が無いのか机に突っ伏したままだ。
「ブランシュも来てくれるか? テオがあんな感じだからサポートしてほしいんだが」
ローブのフードを両手で脱ぎながらブランシュが答える。
「行く分には問題ないが、私はたぶん魔法具を上手く使えないぞ。エーテルの動きが違うみたいで何回か触った事はあるんだが起動出来た事が無い」
「あっ、そうなんだっけ。うーん…。そしたらリネットがサポートで、テオとブランシュは見張り頼む」
「ん?」
両手に杖を抱えて立ち上がったブランシュを見てエリアンは不安を覚えた。
「杖…持って行くの…? 今回は派手に暴れるとまずいのと、共生者がいるって噂立つのもまずいと思うから魔法使わないでほしいんだけど…」
「分かった。でもこれ持ってないと私も杖も落ち着かないんだ」
(ブランシュはそうかもだけど杖もなの…?)
エリアンはツッコミかけたが野暮だなと思ってやめた。
「おっけー」
気を取り直す。
「じゃあさっき言いかけた事とかは諸々道中で説明するからとりあえず支度だな」
「ブランシュは…あぁ、案内はもう不要だったな。1階と2階に空き部屋があるがどっちがいい? 屋上にすぐ出れるし2階にするか?」
「感謝する。そうだな、2階を使わせてもらおう」
「じゃあ荷物置くくらいだろうが、支度してきてくれ」
エリアン一行に理不尽な依頼は日常茶飯事である。
先程までの落胆とは一転、きびきび準備を始めるのであった。
――30分後。
馬車で指定された区画の水路へ向かう。
ナウマリスまでの道中と違い、帝都の区画内は石畳だ。
車輪越しに硬い振動が伝わる。
「なぁ。あのノーマンが偽装依頼書の事一言も言わなかったよな」
「「…ッ!」」
何かを察して押し黙るエリアンとリネット。
「もしかして賠償やばすぎて偽造どころの話ではないのでは…」
「やめろテオ!! 今はそんな話聞きたくない!!! 何か希望がある話をしろ!!!」
「そんなもんどこにあるんだよ…」
「…」
「そういえば学術院の話だったなブランシュ」
(お前も希望のある話無いんじゃねぇかよ…)
思い出したようにエリアンは切り出す。
「ノーマンは俺の訓練校の同期なんだ。あ、訓練校ってのは5〜15歳くらいの子供を対象とした教育機関だ」
「まぁ教育といっても最終的には優秀な研究員や兵士の養成を目的としてるんだが…」
「あぁ、シルヴァレムにも学習院というのがある。文字や計算、歴史、魔法の訓練とかある」
「一緒だな。帝都の場合は初等部と言って10歳までは主に魔法を扱うための基礎体力作りを行うんだ。魔法の才能はだいたいそこまでで分かるからな」
「早いな。シルヴァレムでは12歳までは体力作りを行う。そもそも私達には適性があろうがなかろうが一族の魔法を使うしかない者が大半だからな」
ブランシュは初めて知るであろう他国の事情に興味深そうな顔をしている。
「そうらしいな。こっちでは政治的な都合もあるだろうが、早めに見切りをつけて有能な人材を選り分けるんだ。12歳までの中等部ではひたすら適性検査だな」
「そしてそこから研究員としての素養がある者は学術院系統の高等部へ。戦闘要員としての素養があるものは軍部系統の高等部へ。それ以外は汎用訓練校っていう、一般市民に必要な知識と最低限の戦闘スキルを習得する高等部に分かれるんだ」
「俺とノーマンは学術院系統の高等部で同期だったんだ」
エリアンはそこまで言って、少し懐かしそうな、そして寂しそうな顔をした。
「…」
その顔を見て、疑問をぶつけるべきかどうかブランシュは迷っているようだ。
「エリートコースに乗ってたのになんで今ノーマンは学術院にいてお前はこんなとこでこんな事してんだって顔をブランシュがしてるぞ。お前から言えよ」
テオが思わずフォローを入れる。
「…ッ」
「あぁ、すまん。そうだな。ちょっと昔を思い出してな。詳しく話すと明日の朝になってしまうから端的に言うとだな」
少し目を閉じてから開かれたその視線がいったん落ち、それから馬車の外に向けられる。
「反逆罪で捕まったんだ」




