第35話 内見
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鼓膜を劈く破壊音と絶叫。
そんな周囲の喧騒とは裏腹に心は静謐そのものだ。
この階段を登りきればもう元の自分には戻れない。
そんな予感がするのになぜだろう。
この先に待ち受けるものはきっと私なのだ。
私は私に決別し、そして向き合う。
怖くて決められなかった事を決める事が出来た。
それだけで何もかもが軽くなったように感じるのが不思議だ。
今となってはなぜそんな簡単な事が出来なかったのかも不思議だ。
不思議すぎて少しおかしくなってくる。
澱みなく駆け上がる銀髪の少女は穏やかに微笑んだ。
◆
「さて、ブランシュには何をやってもらおうかな」
工房に帰り着いた面々は、荷物を片付けた後一息ついたタイミングで会議を開いていた。
ブランシュは周囲を見渡しながら尋ねる。
「ここはそもそも何をしているところなのだ? 工房というからには魔法具の製造を行っているのだろうが、製品開発を行って販売しているのか?」
視線が目の前の3人へ戻ってくる。
「それにしては販売する所みたいなのは見当たらない…。一体どうやって暮らしているのだ?」
――遡ること30分ほど前。
エリアン達が荷物整理をしている間、ブランシュは暇を持て余していた。
裏通りに面した鉄の大きな扉から入ったそこは、広い作業場所となっていた。
荷物を片付けた後で案内するから、ひとまずそのへんの椅子に座っていてくれと言われたのだ。
目を閉じ、口を閉じる。
ゆっくりと息を吸う。
(不思議な感覚だ)
帝都に入ったときから感じていた。
シルヴァレムの淀みなく澄んだ匂いとは異なる、様々なものが混ざりあったような苦手な匂いがする。
だがこの工房はまたそれらの匂いとは異なり、いろいろな匂いがする。
いろいろな匂いが存在するが、混ざり合っていない分、不快感はない。
上を見上げると吹き抜け構造になっている。
このフロアは元々大型兵器でも格納する工場だったのか、2階分の高さがある。
その上には更に2階分の生活空間があるようだ。
そのため天井までの距離がとても遠い。
(暇だから他の場所でも見て回るか)
工房主達が荷物を持って上がっていった階段を登っていく。
中二階にあたる位置にも部屋がある。
どうやら事務室と…同い年ほどの少女が私物の整理をしている。
(ここはリネットという少女の部屋かな)
更に登り2階に出る。
目の前に扉がある。
玄関のような作りだ。
(はて?)
扉を開けてみると、そこは表通りだった。
(なるほど、つまりここが1階で、先程の作業場所は地下1階だったのか)
表通りから見ると、工房はただのレンガ造りの古びた2階建ての建物だ。
とてもあの広く高い作業空間があるようには見えない。
建物に入り直し見渡してみる。
水回りの空間や部屋がいくつかある。
ごそごそと音がする。
(魔匠の…エリアンと…テオという少年の部屋があるのだろうか)
再び階段を登る。
初め3階と思っていたフロア、つまり表通りから見た2階部分に出る。
部屋はいくつかあるが人の気配無し。
物もまばらで誰かが使っている雰囲気は無い。
(この階は空き部屋だけみたいだ)
更に階段を登ると屋上に出た。
一部隣の建物の影になっているが、日差しが心地よい。
(ここは日光浴にはうってつけの場所だな)
一通り見て回ったようだ。
満足して地下に引き返していく。
1階に降りてきたタイミングでエリアンとすれ違った。
「あぁ、後で案内しようと思ってたがもう見て回った感じかな? もう少しでお茶の時間にしようと思うから下で待っててくれ」
――そして会議が始まったというわけだ。
「ここは販売用の魔法具や、依頼された魔法具を製作するとこだよ。販売自体は商店の多い区画にある知り合いの店に委託してるんだ」
「まぁそっちよりも学術院の使いっ走りの方が本業なんじゃって思うくらい良いように使われてるけどな」
エリアンの本業の説明にテオが実情を被せてくる。
「学術院の…?」
民間の工房なのに学術院と関わりがある…。どういう事だろう。
それにシルヴァレムの評議会でも度々議題にあがるのだが、帝都の学術院と評議会は険悪だ。
「あぁ、すまん。そのへんも説明しないとな」
ブランシュの思考を察したエリアンが、事情を説明しようとしたそのとき。
目の前の鉄の扉が再び不機嫌な音を立てるのであった。




