第32話 融解
4月7日 日曜日。
2日連続で晴れ。
良い目覚めだ。
リネットは起き上がって伸びをする。
右を見ると隣のベッドに包帯男、正面には椅子を並べて寝るおっさん。
エリアンは昨日もブランシュの様子を見るために椅子で寝ていたはずなのに、2日連続で椅子での睡眠だ。
普段どこでも寝れると豪語しているが看板に偽りなし。
(さすがですねぇ…)
呆れ顔でエリアンを見ながら、ブランシュの事に思いを巡らせる。
今日は昼頃に帝都へ向け、ナウマリスを出発する予定だ。
そのため昨夜のうちにある程度準備は済ませておいた。
ブランシュは事情があるようだし、もし行く当てが無いなら…
ただ工房の財政を思うと、1人増えた分をきちんと養えるのだろうかと不安になる。
(いや、別に今も一食抜いたりしてるし元々きちんとしてるわけじゃないから変わらないのでは…?)
少し一人笑いをしてしまい、ため息をつく。
(まぁなるようになるでしょう)
切り替えて朝食の支度をするために立ち上がった。
◇
「飽きたと思ってたシーフードの缶詰も、これで最後かと思うとなんだか名残惜しいな」
テオは相変わらず余白の多いパンの表面を見つめながら感慨深そうに呟く。
最終日くらいもうちょっと贅沢でも良さそうだが、ブランシュも合わせて4人で缶詰2つという節約具合は相変わらずだ。
木曜に酒場で贅沢をしてしまった事もあるが、今回の戦いで街への被害が大きく、赤字は免れないと予想される。
そのため今後を見据えて仕方のない選択なのだ。
昨夜リネットが、冷気を発する魔法具を搭載した保管用の荷物箱に食料を詰め込んでるのを見かけたときの事を思い出す。
「それ食うやつじゃなくて持って帰るやつか?!」
思わず尋ねたテオの方へ、リネットは鋭く振り向いた。
「朝は缶詰2つとパンのみ! それ以外の食料は全部工房に持って帰ります! 立て替えたお金諸々の手続きが終わるまでは節約継続します!」
そう高らかに宣言するリネットを前に、テオは何も言えなかったのだ。
(手続きが終わっても継続する事にならなきゃいいけど…)
ため息をつき、ふと前を見る。
銀髪のブランシュと名乗ったという少女が静かにシーフードのサンドを食べている。
どうやら自分が寝ている間に目覚め、エリアン達と話をしたらしい。
先程部屋に入ってきた際もそうだが、所作には品があるように見える。
要人と聞いているし育ちは良さそうだが、庶民の食事でも嫌な顔をせずに黙々と食べるところを見ると、帝都の貴族のようなイメージとは異なる人種に感じる。
(故郷から逃亡してきた…かもしれないってエリアンは言ってたな)
ファームと呼ばれる、孤児の集まる施設で過ごした幼少期の事が頭を過ぎる。
帝都の最下層であり、とんでもなく劣悪な環境で雑用をこなす日々。
そんな場所でも他に居場所が無いから出ていく事が出来ない。
(あのときエリアンと出会わず、そのまま出ていったらどうなってたんだろうなぁ)
そんな事を考えながら、最後の一口を押し込んだ。
◇
「ブランシュ、行く当てはあるのか?」
全員が朝食を終え、コーヒーを飲みながら一息ついたタイミングでエリアンが切り出した。
「…」
ブランシュはどこか宙に浮いたような表情だ。
「俺の勘違いだったら申し訳ないが…とても旅行をしてる感じには見えない。荷物も少ないし残りの金も僅かなようだ。そもそもシルヴァレムの人間は積極的に外の街に行く事もあまり無いと聞くしな」
「…」
「あぁ、昨日も言ったが、別に事情を詮索するつもりはない。ここにいるテオだってリネットだっていろいろある。俺もな。ただ困ってるんならせっかくの縁だし何か手助け出来ればなと思っているだけだ」
少しの逡巡の後、言葉を選ぶように、ブランシュはポツリと口を開いた。
「ここはずっと雨だったし、あまりこなせそうな依頼もなかったから、そろそろ別の街へ行こうとは思っていた…」
「帝都とかか?」
「アマルガムか。いや、あそこは前に行ったが入れなかった。だからまだどこに行くかは決まっていない」
「あぁ、なるほど。検問で門前払いされたわけか…。伝手のない人間には厳しいシステムだ」
「ちなみにその後はどうしたんだ? まさか拘置所に…?」
「いや。留まっても当てがあるわけじゃなかったから…。ルトゥラ族の街かヴェネモラという帝都の庇護下にある街への馬車が出ていると言われ、ヴェネモラの方へ向かった」
「ルテクナかヴェネモラって事は、西門だな。俺達もそこを通ってきたんだ。まぁどの門でも結局通れなかったと思うし近隣の街へ案内される」
「確かにその選択肢ならヴェネモラだな。ルテクナとシルヴァレムは小競り合いをしてると聞く」
そこまで言ってちょっと余計な事を言ったかなと苦笑いをしながら別の話題に変える。
「ただ東門じゃなくてよかったな。あそこは地底のソナントラしか案内されないから割と不評なんだ」
「そうだな。ただ一部の街道が封鎖されてしまった影響でヴェネモラの宿泊施設も一杯だったようだ。それで休む暇もなくそのままこの街まで案内されたんだ」
「あの日はいろいろあって本当に疲れたな」
ブランシュも思い出したように苦笑いをする。
「もしかして月曜日ですかね?」
話を聞いていたリネットがひょっとしてという表情で割り込んでくる。
「…? あぁ」
エリアンもそれを聞いて気づく。
「あー、月曜の朝にローブを被った小柄な人物が検問で押し問答をしてるのを見かけたんだが、もしかしてブランシュだったのか?」
「…! なんと…。確かにあのときは身元保証がとか突然言われて慌てていたが…。まさか見られていたとは…」
少し恥ずかしそうにうつむく。
「良かったです。すごい困ってそうだったのでちょっと心配してたんですよぉ」
リネットは安心したような表情だ。
「ははーん。それで移動疲れで宿をとった後屋根に登って日向ぼっこをしてたって流れか」
テオもなるほどという顔で切り出す。
「…! そんなところまで見られていたのか…!」
「いや、あんな目立つとこで寝てたら誰でも気づくだろ」
恥ずかしそうにうつむき加減のブランシュを見る3人はたぶん同じ事を思っているのだろう。
先の見えない不安と孤独感は痛いほどよく分かる。
今だってそれらが全く無いわけではない。
それでも工房で一緒に働いている時間は忘れる事が出来ている。
リネットはエリアンの方を向く。
テオは肘をついて顔は下の方を向いているが目線だけ向けてくる。
エリアンもそんな2人を見て、分かってるよと言わんばかりに少し息を吐く。
「よかったらうちの工房でしばらく働いてみないか?」
「…!」
予想外の提案に驚いたのであろう。
ブランシュは3人の表情を確認するように見渡す。
「工房で新規に採用する助手という事であれば、帝都の検問は問題なく通れるわけだ。1回入ってしまえば、もしうち以外のところに行きたくなっても証書を使えば大抵の区画には行ける」
「なのでいったん俺達のところで働いていろいろ落ち着いてから先の事を考えるというのは、基本的に良い事尽くめのはずだ」
「…お前達はそれでいいのか?」
エリアンは少し意地悪な顔をして答える。
「実はな。アノマライトでさえ防げない共生者の魔法の解析をして防具を作れればかなり売れるんじゃないかと思っているんだ」
「…」
「おい、共生者相手に『対共生者用の防具を作りたいです』はねぇだろ…」
大人しく聞いておくつもりだったテオは思わずつっこむ。
「すまん、間違えた。共生者の魔法を解析してアノマライトでも防げない武器を作れればかなり売れるんじゃないかと思っているんだ」
「どっちみち解析するんですね…。ブランシュさん、この人は研究素体にしか考えてなさそうなので逃げた方がいいかもしれません…」
リネットも見ていられないという表情でつっこむ。
「俺しゃべらない方がいいかな」
「途中までは良い感じだったのに台無しじゃねぇかよ…」
「まったくですねぇ…」
エリアンのダメさ加減に2人が頭を抱えたとき、ブランシュが口を開いた。
「いや、その男なりに気を使ってくれているのだろう。すまない。お言葉に甘えさせてもらいたい。私に出来る事があれば何でもやるので言ってほしい」
彼女の緊張した口元が少し緩んだような気がした。




