第31話 覚醒
「宗主の人間たるもの、常に失敗は許されない。そのくらいの覚悟でいなさい」
「あなたが逃げたら誰が戦うのです」
「自分は捨てなさい。そういう立場である事を自覚するのです」
「毅然と振る舞いなさい。あなたの事を皆見ています」
「持って生まれた者の使命を果たすのです」
(申し訳ありません…。お母様…)
「私も何度も逃げ出したいと思った事はあります。でもそんな勇気はなかった…」
「戦う事が出来なくなれば生きている価値等無いのではないかとずっと思い詰めていました」
「今もそう。あなたにはこのような生き方をしてほしくないと思いながらも、何もしてあげられません…」
(お祖母様、泣かないでください。私はもう大丈夫です)
「助けてください…」
「助けてくれ!!!」
「助けてー!!!」
「もっと早く来てくれたら…」
「あんたのために使い捨ての駒にされてこのザマかよ…」
(…ッ!)
「そう、あなたが来たのね」
「あなたに私が攻撃出来るの?」
(もうやめてくれえええええ!!!!!)
………
……
…
(眩しい…。見覚えの無い天井だ…)
(長い夢を見ていたような気がする…)
(なんだか体中が痛い…足が…ふやけている…?)
(…どこだここは)
誰かがこちらに近づいてくる足音がする。
一瞬身構えようとしてやめる。
(好戦的な匂い…はしない。杖は…あそこか…。少し様子を見よう…)
目の前の扉が開き、少女が部屋へ入ってきた。
「あ、起きてる! 顔色良くなってたしそろそろだと思ってたんですよぉ! よかったぁ」
「ちょっと待っててくださいね。いろいろ説明してくれる人を呼びますから」
「おーい! エリアン、テオー! 起きましたよー!」
◇
リネットの声を聞いてエリアンは急いで部屋へ向かう。
水を与えたのが良かったのだろうか。
あの後どんどん顔色が良くなっていき、音も安定していたのでそろそろかと思っていたところだった。
部屋に入ると、ベッドの上の少女が無表情でこちらを見つめる。
「おはよう。俺の事覚えてるかな」
「…」
反応が無い。
(あれ? 覚えてないのか?)
数秒後、突然少女はベッドから降り、スッと立ち上がった。
そのままエリアンの方に歩いてくる。
(…?!)
目の前まできて立ち止まる。
(ち、近い…!)
そして目をつぶり、こちらに向かって顔を近づけてくる。
(…?!?!)
「ちょっとちょっと!!!」
隣では動揺するリネット。
更に顔が接近してくる。
「あばばばば」
動揺するおっさん。
(ん? なんか覚えがあるぞこれ)
スンスン
「お前、あのとき私に抱きついていた男か」
「合ってるけどちげーよ!! 『あのとき』と『男』って部分はたぶん合ってるけど抱きついてきたってとこがだいぶ認識間違ってるよ!!! 2階から落ちてきたお前を受け止めてやったんだよ!!!!」
「てか顔で分かれよ!!!!」
◇
「お待たせしましたぁ」
リネットがお茶を運んでくる。
いったん事情を説明する前に一息つこうという事になったのだ。
少女をベッドに腰掛けさせ、エリアンとリネットも椅子に座る。
テオは寝ていたのでそのままにしていた。
エリアンはまだ少し早い鼓動を落ち着けるために、お茶を飲みながら情報を整理してみる事にした。
(さっきの行動を見てだいぶ分かってきたが、こいつはきっと魔感が嗅覚の共感覚なのだろう)
そう考えるといろいろ辻褄が合うのだ。
日光を浴びて起き上がった直後に、魔獣を見て不思議がっていた。
あれはアノマライトで打ち消された魔獣のオドやエーテルの波長を感じる事が出来なかったからなのだろう。
その後、振り向いたのは、こちらの方に俺とは別の獣のような匂いを感じ取り、その匂いの元を探していたという事だと思われる。
この少女はおそらく、本来退化して使えないはずの鋤鼻器が発達していて、魔獣の毛の匂いが濃い部分でフレーメン反応を引き起こしたのだ。
(うーん、あのときはいろいろ動揺してわけが分からなかったが、そう考えるとシンプルな答えだ)
毛を口に咥えたのは、おそらく嗅覚と連動している味覚でより強くオドを感じるためだろう。
あのとき魔獣にだけ反応して紫の花びらは爆発していた。
あの攻撃は、本人が敵対者として認識した者のオドに反応して爆発していたのだと推測される。
あの場にいたじいさんの反応も頷ける。
きっとあのじいさんは60年前の紛争に参加していてあの魔法を見た事があり、そのときは敵として認識された帝都軍の頭上に降り注いだ全ての花びらが爆発したのだろう。
町中で魔法を発動する事も含めてこいつがなんとかしてくれる予感がしたとき…
帝都の軍勢を壊滅させるだけの破壊力を持ちつつも自分や味方を巻き込むわけにいかないから何かしらのセーフティがあるはず。
という事を無意識に考えていたのかもしれない。
「物思いにふけってないで早く説明しちゃってください」
リネットの言葉にハッとする。
少し長く考え込んでしまっていたようだ。
「まだちゃんと自己紹介してなかったな。俺はエリアンという。帝都で工房を営んでいる。昨日は魔獣を倒してくれてありがとう」
「私はリネットです。エリアンの工房で助手のような事をしています」
「…」
少女はテオの気配を察知しているのか、黙ったまま隣の部屋の方へ時折視線を送っている。
「あぁ、あっちの部屋で包帯ぐるぐる巻のやつが寝てるんだが、テオって言う。リネットと同じく助手みたいなもんだ」
それを聞いて少し安心したのか、ようやく座ってから初めて口を開く。
「…。私は…イオランテ…という…」
エリアンはその返しは予想していたので、顔色を変えずに続ける。
「よろしく。あまり詮索するつもりは無いんだが、たぶん本名じゃないよな。イオランテは60年前に帝都と戦った紫雲の家の者の名前だ」
「…ッ!」
警戒というよりは驚きの方が強そうな表情だ。
それを見てすぐさまフォローする。
「あ、本名を言いたくないならいいんだ。ただ本名じゃないなってのが分かったのを黙ったままで接するのもなんか隠し事をしてるようでモヤモヤするから、先に教えただけなんだ」
少し戸惑ったような表情を見せたが、意を決したように喋り始める。
「…。ブランシュという。すまない。イオランテは祖母の名前なんだ。少し事情があり…」
「そうか。ブランシュか。改めて礼を言わせてくれ。昨日はありがとうブランシュ」
「たぶんまだ体が辛いだろうし、今日のところはゆっくり寝ててくれ。俺達3人は扉を出て右隣の部屋にいる。後でご飯も持ってくるよ」
「君の泊まってた宿は半壊してるし、今後については明日考えよう。あ、荷物はそこに置いてるから」
「分かった。感謝する」
「じゃあ俺達は行こう」
エリアンとリネットは部屋を後にした。
戻りながらエリアンは呟く。
「今夜は見てなくても大丈夫そうだな」
昨日の段階では目の前の魔獣を倒しはしたが、自分達に関しては敵味方の認識がどうなっているか分からなかったため一応警戒をしていた。
だが先程の様子だと大丈夫だろう。
「だいぶ警戒しているようでしたけど、とりあえず無事な様子で良かったですねぇ」
「あぁ、そうだな。もうちょっとしたら飯を持っていこう」
「あ、そういえば何が良いか聞くの忘れちゃいましたねぇ。好き嫌いとかあるのかなぁ」
「うーん、やっぱり肥料とかがいいんじゃないのか?」
「おい」




