第3話 不穏な接近
「原暦15年。ヴィクトル・エヴァンスにより『オド・エーテル理論』が提唱され、それが今日に至る魔法理論の礎となっている」
「体内で生成されるオドは、大気中に漂うエーテルと共鳴し、エーテルの操作を行う魔素子である」
(…zzz)
「一方エーテルは、物質と共鳴する性質を持っている魔素子だ。人間はオドを通じてエーテルを操作する事で、物質に働きかける事が出来るのである」
「物質と共鳴したエーテルに特定の幾何的な軌道を描かせる事で、熱を発したり大気中の水分を集めるといった、いわゆる魔法効果が発現する」
(…zzz)
「この軌道の事を…。ほう。私の講義で寝るとは良い度胸だな」
「おいクラウス…。起きろエリアン・クラウス! 魔法効果を発現させるためにエーテルに描かせる軌道を何と言う!!」
(…!!)
「『魔旋』です…!」
「「は?」」
テオとリネットが突然何を言うんだという表情でこちらを見ている。
「え?」
エリアンはしばしボーッとしていたが徐々に頭が動き始め、移動中の馬車で居眠りをしていた事に気づく。
「すまん、昔の夢を見てたみたいだわ」
「もう魔獣の目撃地点に着いてもおかしくないんだから緊張感持てよ…」
「そうだな。よし」
エリアンは立ち上がり荷台の方へ向かう。
魔法で生成した氷塊や物理的な弾丸の切り替えが可能な氷塊砲は、汎用性が高く一行の主戦力となる魔法具兼銃火器である。
そのやや複雑な機構の点検は、良い頭の体操となり目が覚める。
(懐かしい夢を見たな。もうそろそろ臨時講師の時期だから訓練校の事が頭のどこかにあったのかもな)
◇
氷塊砲を持ったエリアンが座席へ戻ってきた。
どうやら目は覚めたようだ。
「ひとまず氷塊砲はリネットが持っていてくれ。テオは空気圧縮でサポート。馬車を守ってくれ。俺は魔獣次第ではあるが基本はサポートでリネットを援護の方向で動く」
「了解。御者の人ってどうするんだ? さっき検問で4級って言ってたような気がするから放っておいても大丈夫な気がするけど」
「てかガタイいいし普通に戦えそうだよな。3級くらいありそうだけど…」
下手したらこの中で1番強そうにも見える。
魔獣がうろつく防壁外での活動を行う際は、帝都の軍部により戦務等級の4級以上の認定を受けた護衛の帯同が義務付けられている。
防壁外への運搬や移動を生業とする馬車の貸し出し業者は、護衛も兼ねた御者も多数抱えているのだ。
「軍部の人は定期的に等級試験を受けるらしいですけど、一般の人は必要最低限のものしか受けないケースも多いって聞きますしねぇ。実際3級くらいの強さでもおかしくないですねぇ」
リネットは手渡された氷塊砲をチェックしながら耳を傾けていたようだった。
「あぁ、なんかそれ聞いた事あるかも」
「御者さんは一応自衛はしてもらうが、戦力としては計算していない。あくまでも依頼は俺達が受けてるからな」
そう答えるエリアンの方へ視線を送り、4級に見えない御者と対比する。
「逆にこのアホみたいなおっさんが2級なのも全然見えないけど…」
「なんか言ったかクソガキ…」
エリアンがジロリとテオの方を見る。
2級と言えば単独で様々な任務をこなせるとされる等級である。
1級は帝都にわずかしか存在しない最高峰の精鋭であるが、それに追随する2級も十分な戦闘能力に加えあらゆる事態に対応出来る能力を持った精鋭なのだ。
「あ、思った事がつい口から」
テオはお構いなくとばかりに微笑み、再び外を眺めた。
綺麗に整備された道がどこまでも続いている。
帝都から他の町への道は、都市間の交易や非常時の軍の行軍経路としての用途だけではない。
地下にはエーテル通信網のケーブルが埋設されており、重要な通信インフラでもある。
メンテナンスは帝都主導の公共事業として行われており、その一環として周辺の魔獣掃討も定期的に行われているのだが…。
それでも絶対安全とは言えないのが実情だ。
その道の先の方に、何か動くものが見えた。
◇
「どうしました?」
リネットは何かに気づいた感じのテオに問いかける。
「何かいる…」
「どこだ?」
エリアンもテオが見つめる方向を見る。
リネットも後方から2人の隙間に目を凝らす。
「こっちに…近づいてきているみたいですねぇ」
テオは眼帯をしていない右目を細める。
「あれは…。馬車だな」
「なんだと…?」
エリアンの表情が曇る。
リネットも不穏な状況を察する。
魔獣出現の連絡はいったん帝都へ集約された後、関連都市や周辺都市へエーテル通信で情報の共有を行うと聞いた事がある。
「この道は港町へ続いているんですよね?」
向かいの馬車の方を見つめながらエリアンが答える。
「あぁ、交易港の街、ナウマリスだ」
「連絡がいったら検問で規制されるはずですよね?」
「…。そのはずだ。ただナウマリスに立ち寄らずに他の街からこの道に合流した可能性もある。規制前に出てどこかで休憩していたとかもな」
「いずれにせよ、もう魔獣がいつ出てきてもおかしくない…。何も起きない事を祈るしか無いな…」
そうこう話をしている間に馬車の全容がはっきりと視認出来るほどの距離へ近づいてきた。
「…ん? 何か変な音が聞こえるな…」
エリアンが何かに気づく。
「音ですか?」
耳を澄ませてみるが特に変わった音は聞こえない。
「あの馬車は兵器を積んでるかもしれん」
エリアンのその言葉を聞き、テオは眼帯へ手を当てながら確認をする。
「俺も見てみようか?」
「いや、見ても判別出来んだろうし今はあるって分かっているだけで十分だ」
テオは手をおろし、覆われていない右目で向かいの馬車をじっと見つめる。
「あー。確かに何か色が漏れているな。でもかなり薄いし梱包されてそうだな」
「あぁ。籠ったような音だ」
リネットはその会話で察する。
(あぁ、『魔感』ですかぁ)
改めて2人の見つめる先を確認してみる。
「私には何も分かりませんねぇ…」
エーテルやオドを知覚する能力が人並みであるリネットは、やはり何も感じ取る事は出来ない。
この知覚能力を『魔感』と言う。
エリアンは聴覚、テオは視覚に共感覚を持っており、更に魔感が鋭敏であるためしばしばリネットは置いてけぼりにされる。
リネットからすれば珍獣のようなものだろう。
(もう普通に工房で依頼をこなすよりも、この2人を見世物にした方が楽に儲かるのではないですかねぇ)
そんな珍獣の隙間から再び向かいの馬車を確認する。
もう御者の顔がはっきりと見えるほどの距離だ。
「すいません、あの馬車に魔獣の警告とかしたいので、もう少ししたら止めてもらえますか?」
エリアンが自分達の御者にそんな声をかけたときだった。
息災の祈りも虚しく、魔獣の叫びが聞こえてきた。




