第2話 嵐の予感
4月1日 月曜日。
「今週は何もなければいいけどなぁ」
足と腰に張りを感じながらテオは起き上がる。
昨日はノーマンの依頼で防壁上の清掃をやらされた。
工房のある区画の防壁が対象であったが、区画の外周はおよそ12kmある。
昼前から開始して夕方頃までかかった。
ノーマンはエリアンの昔なじみであり、帝都の中枢機関の1つである最高学術院に所属している。
そして民間に卸すにはいろいろとややこしい依頼を直接エリアンに持ってくるのだ。
ただ昨日の清掃はやや特殊な事情ではあった。
先日学術院の所有する施設の警備を行った際に、侵入者を撃退しようとしてエリアンの使った魔法具で施設にまで被害が出たのだ。
その埋め合わせとして上層部から命じられたのである。
(いや、その手のやつは日常茶飯事だしもはや特殊というわけでもないか…。それにしても毎度毎度あいつは…。何かを壊さないと気がすまねぇのか…)
(結局昨日は魔法具の製造が全然進まなかったし、今週も忙しいんだろうなぁ…)
そんな事を思いながら支度を済ませ、作業場へ続く階段を下りる。
「建物を間違ってますよ? ここはただの民間の工房なのでお引き取りください」
「またまた何をおっしゃるんですかー。ここで合ってるに決まってるじゃん」
「おーい。無言で扉を閉めようとしないでー」
中二階に降り立ったタイミングで、下の作業場からそんなやり取りが聞こえてくる。
(今日もかよ…)
思わず階段にしゃがみ込む。
「お、テオくんも来たねぇ。おはよー」
邪気の無い笑顔のノーマンが手を振る。
「どちら様でしょうか」
「ちょいちょい! ここの工房は来客の対応が毎度おかしいねぇまったく!」
「ところで魔獣退治には興味はあるかな?」
◇
「検問はここで最後だ。じゃあ行ってくる」
エリアンは馬車からの降り際に中のテオとリネットへそう言うと、さらに前方の御者へ声をかける。
「ここでは等級の確認があるので一緒に来てもらえますか」
御者が等級の証書を探すのに手間取っている間に、手持ち無沙汰となったエリアンは歩きながら目の前の高い防壁を見上げた。
この街は約300年前、魔獣の跋扈する大地に防壁を築く事で切り開かれた。
防壁は何度も破壊され、そのたびに再構築と拡張を繰り返してきた。歪な防壁に囲まれた特色の異なる区画が多数連なる様は、まるで増殖する細胞群のようだ。
創始者の名前から取った『帝都アルレウス』が正式名称ではあるが、その構造から混沌の都アマルガムとも呼ばれている。
帝都は年々広大になり軍事力も向上しており、魔獣の生息域に面したいわゆる外壁を持つ区画を除けば、脅威から隔離されて久しい。
そしてその状況は新たに人同士の争いを生み始めていた。
「おぉ、クソガキじゃねぇか。こんなところで何してんだ」
突然背後から聞き覚えのある声がして振り返る。
分厚い胸板が視界を塞ぎ、身体から発する特有の音が聴こえる。
髪は真っ白だが刈り上げられ、鍛えられた肉体と日に焼けた黒い肌は全く年齢を感じさせない。
「いやいや、おっさんこそこんなところで何してんだよ…」
エリアンは呆れた顔をする。
「散歩だ」
ニヤリとしながら堂々と発したその言葉に状況を察する。
「どうせ監視役を撒いてきたんだろ。相変わらずだな…」
「俺はノーマンのパシリ。西方面の街道沿いで魔獣が出たらしい」
「ははは。あっちのクソガキもいつも通りか。気をつけて行けよ。何かあったら俺を呼べ」
「へいへい。おっさんも程々にして戻ってやれよ」
「気が向いたらな」
エリアンは颯爽と立ち去る老人の姿を見送りながら、面倒な依頼の事を再度思い浮かべる。
「まったく…。あいつは本当に厄介事しか持ってこないな…」
ため息をついて空を見上げる。
モヤモヤする気持ちとは裏腹に、雲一つ無い空が広がっていた。
◇
「学術院の依頼です。正式な依頼書はありませんが通行証はこちらです」
「…。確かに学術院のものですね。帝都外での活動になりますので、御者の方の戦務等級証明を確認させてください」
「こちらです」
「確認しますので少々お待ちください」
テオは馬車の中で頬杖をつきながらエリアン達のやり取りを見つめる。
木製の肘掛けが硬く、だんだんと肘が痛くなってきた。
「長いなぁ」
ノーマンの依頼によって帝都の防壁外へ行く事になった一行は、馬車を手配し移動中である。
「毎回面倒だなぁ。この手続き」
「仕方ないですよぉ。出入りの取り締まりは大事ですからねぇ。はぁ…」
ローブを目深に被ったリネットも、現実を受け入れつつ気だるそうに返事をする。
帝都では区画を跨ぐ際に証明書を発行し、戻ってきた際に再度提示する必要がある。
敵は魔獣だけではない。帝都と対立関係にある都市や部族も多数存在するのだ。
そのため身元を保証出来ない不審な人物の取り締まりが行われている。
門には必ず検問所が存在し、通過のたびに依頼書や通行証等の証書を提示し、確認が行われる。
そして工房のある区画から外壁までは5つの門を通らなければならない。
肘に限界を感じ、テオは寝転がった。
◇
1人外を眺めていたリネットは、エリアンと御者がこちら側を向き歩き始めた事に気づいた。
「ようやく終わったみたいですねぇ。エリアン達戻ってきました」
それを聞きテオは起き上がる。
「待ちくたびれたー」
馬車の扉を開けたエリアンは、ブツブツ言いながら乗り込んでくる。
「待たせたな。まったく、通行証が無くても裏金で通れるくせにいちいちこんな手の込んだチェックする意味あるか? 本当に面倒だ…」
無造作に座席へ腰掛けると、御者へ出発の合図を送った。
「そんなの聞いてないぞ! じゃあ入れないのか?」
馬車が進み始めて間もなく、何やら揉めているような声が聞こえてきた。
声のする方を見てみると、防壁の外から帝都内へ向かう検問でローブの人物が番兵と会話をしている。
「あの人は他の街から来た人なんですかねぇ」
「そうみたいだな。中から出て戻って来る分には証書を見せればいいが、伝手の無い外の人間が帝都に入るときは苦労するんだよなぁ」
「裏金で身分証を買わない限りは門前払いされるだろうな」
エリアンが同情気味に説明する。
「仕方ないとはいえ可哀想ですねぇ。門前払いされた人たちって大丈夫なんですかねぇ」
「まぁこういうのはよくあるんだ。このへんだとルテクナとかヴェネモラへの乗合馬車が結構出てる」
「最悪日が暮れちまっても城壁の中にある拘置所に泊めてくれるらしいしな。だからなんとかなるだろ」
「…」
リネットは心配そうに小さくなっていくローブの人物の背中を眺めていた。
◇
外門を出て数分後。
外を眺めるのにも飽きたテオは、ふと荷台へ視線を送った。
特に目的があって見たわけではないが何か違和感があり、少し観察する。
(あれ? ちょっと荷物多くね?)
エリアン達は依頼に応じて適した荷物を持ち出せるように準備をしている。
調査のための計測機器のみが最小構成で、そこへ軽装備・通常戦闘装備・重装備といった具合に荷物を加えられるようにしているのだ。
(あれって確か予備の弾薬とか魔法具の外付け部品入れてるケースだよな…)
(通常装備か、下手すりゃ重装備くらいの分量があるように見えるぞ…)
「なぁ、今回って何の依頼だったんだ?」
嫌な予感がしたためエリアンに確認する。
「お前…。ノーマンの話聞いてなかったのかよ…」
「いやだって聞いても聞かなくてもろくな依頼じゃないじゃんいつも…。それにお前が散らかした床を掃除してたんだよ」
「早朝、街道沿いに魔獣の出現報告があったらしい。火を噴いてたってよ。そんで様子を見て来いだと」
「…」
予感が的中した。
『様子を見て来い』
これは常套句だ。
調査と討伐では報酬の相場がだいぶ異なる。
調査という名目で低い報酬を割り当てるのだが…。
相手が魔獣であれば経験上、十中八九で討伐までセットだ。
調査という名目でついでに討伐したという形であれば、安い追加報酬で済ませる事が出来る。
「くっそー。ノーマンの野郎…。やっぱりろくな依頼じゃなかった…」




