第1話 工房
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石畳を突き破る無数の根。
そびえ立つ巨大な光の大樹。
天を覆う紫雲。
その真下で杖を掲げる銀髪の少女が静かに目を開く。
地面から伝わる振動。
張り詰めた空気。
降り注ぐ美とその裏に潜む死の気配。
鳴動する沈黙の空間に、一人の老兵の叫びが響き渡る。
蒼・紫・橙の悪夢。
六十年の時を経て彼の瞳には再びその一つが映っていた。
◆
『ドンッ』
リネットは作業場の方からと思われる爆発音で目を覚ました。
数拍遅れて頭が働き出し、先程の音に思いを巡らせる。
(あの音はエリアンですかねぇ。また何かやらかしたのでしょうか…。朝から困ったものですねぇ、まったく…)
起き上がると古い木製のベッドが軋む。
枕元においてある日めくりカレンダーへ視線を送る。
原暦311年 3月31日 日曜日。
(お、今日は3と1だけの日なんですねぇ)
そんな事を思いながらその紙を剥がす。
メモ帳代わりに使うのだ。
カレンダーの使い方を間違っているとよく言われるが、今日の日付が記載されている紙にメモをすると便利なので仕方がない。
ベッドから降りて伸びをするが、疲れがとれていないのか気怠さが残っており、身体の節々が痛い。
住み込みで働いている魔法具工房では、経理や魔法具の試運転等を担当しているのだが…。
今週は統括局から受注した魔法具の納品が2件、さらに学術院からの急な依頼が重なり忙しかった。
そのうえ本来日曜は休みなのだが、来週金曜が納期になっている魔法具が2件あり、そのうち1件の製造が全く進んでいないため、休日返上でやるしかない。
机の右上の定位置に置かれたいつもの装身具が視界に入る。
度の入っていない眼鏡と前髪を縛るヘアバンド、そして紫色の鉱石があしらわれた首飾りだ。
ふと首飾りを貰ったときの事を思い出す。
10歳の誕生会に出られなくなった祖父が、前日にプレゼントをしてくれたのだ。
昔の友人から貰ったもので、とても大切なものだと言っていた。
思い返すと何かを託されたような雰囲気だったように感じる。
(喜ぶ私の顔を見て、嬉しそうに、でも少し悲しそうな顔をしていたお祖父様…。何を想っていたのでしょうか…)
作業場の方から話し声が聞こえ、ハッとする。
首飾りのすぐ下に先程メモ帳となった紙を置き、リネットは作業場の方へ歩き始めた。
◇
「お前なぁ…。余計な仕事増やすなよ…」
床にへたり込んだテオは、左目の眼帯を直しながら周囲を見渡す。
先程階段から降りてきたときには多少散らかっている程度だった。
今は床が僅かに見えるか見えないかというほど魔法具の破片や部品が散乱している。
「作ってたの金曜に納品するあれだろ? 掃除用の風を出す魔法具。なんで爆発すんだよ…」
「もう少しレゾナイトを増やしてエーテル効率を上げれば従来の出力を大きく上回りそうな気がしたんだが」
「耐久構造を少し犠牲にしてしまったのがダメだったみたいだ。画期的なバランスだと思ったんだがな」
工房主のエリアンは悪びれる様子もなく、むしろ魔法具だったものの破片を眺めてなんだか満足そうな顔をしている。
「夜もずっとやってたのか?」
昨日の夜には掃除をして部屋に戻ったはずなのに床が散らかっていた事と、何よりエリアンが作業場の机に突っ伏して寝ていた事から察する。
「あぁ。いじってたらなんか降りてきそうな雰囲気がしたからな」
「やるならいらん事しないで普通に作れよ…。本当に作るより壊すのが得意だよなぁ…。またリネットに怒られるぞ」
「うるせぇ…。まぁ昨日から散々いじったし作り直しはそんなかからんだろ」
中二階の床が軋み、手すりから栗色の髪が垂れる。
「さっきの音はどうせエリアンですよね? また何をやらかしたんですかぁ?」
見下ろすリネットは呆れ顔だ。
「なぜ俺だと決めつける…。まぁ俺なんだが…」
「こいつが来週納品予定の魔法具を吹っ飛ばした」
テオが箒を手に取りながら報告する。
「はぁ…」
リネットは深々とため息をつき俯いた。
◇
リネットは顔を上げ、恐る恐る納品物等を置いてある棚の方へ目をやる。
(おや?)
床の散らかり具合に比べ、棚の方はほとんど影響を受けていないようだ。
「棚、無事みたいですねぇ。ぐちゃぐちゃになっていたらエリアンの煮込みを作らないといけないところでした」
安堵と殺意の混在する目をエリアンに向ける。
「そんな物騒な事言うなよ…」
戦慄するエリアンを傍目にテオが魔法具の破片を拾いながら、手を掲げる動作をして答える。
「あぁ。こいつが魔法具を起動したら変な音がし始めたからな。見たら色もおかしかったしこれはやばいなって」
「そんで棚だけは守らないとと思って『空気圧縮』を張ったんだ」
「おぉ。あれ使ったんですねぇ。ナイスです」
リネットは、道理で、という表情で棚の方を再度見る。
『空気圧縮』は、文字通り空気を圧縮して展開する、主に防御の用途として重宝する魔法である。
エリアンと棚のちょうど真ん中あたりを境に、破片等が飛び散っていない。
「まぁまぁ。あと5日あるから大丈夫だって」
エリアンはばつが悪そうにリネットにもフォローを入れる。
「そんな事言って余裕をかましてたら先日みたいに急ぎの依頼でやばい事になるんですよぉ!」
「終わらせられるならちゃっちゃと終わらせてください!」
「あれはたまたまだって! まぁあいつはいつ来るか分からんけど来たばっかじゃん。そんなすぐには」
エリアンがそう言い終わるか終わらないかのタイミングで作業場の扉が開く。
建て付けが悪くいつものように奏でられるその不機嫌な音は、厄災の調べそのものだ。
「嘘だろ…」
「お、この感じ、またやらかした感じかな?」
にこやかに作業場へ入ってきたノーマンは、見慣れた光景になぜか少し嬉しそうだ。
「俺は今下っ端2人に詰められて大変落ち込んでいるところだ。そういう事で何もやらんからな」
エリアンはじっとりとした目でノーマンを見る。
「やだなー。まだ何も言ってないのにそんなに警戒しないでくれよぉ。先日の急な依頼のお礼を言いに来たんだよ」
「…」
「あとついでに依頼もね」
「やっぱりかよ!! くそが!!!」
(あぁ…。言わんこっちゃない…)
リネットは大きくため息をつくと天を仰いだ。




