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アマルガムの魔匠  作者: 字書き狸
交易港ナウマリスを覆う暗雲

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第29話 人形

土煙が晴れていく。

目の前にあったはずの視界を埋め尽くしていた黒い塊は、この数刻ばかりの間に神隠しにあったかのように消えていた。

視線を落とすと、僅かにそれだったものの痕跡が残るのみだ。


杖を下ろした共生者がこちらを振り向く。

そして目が合う。


本能が警鐘を鳴らし瞬きすら出来ない。

心臓を掴まれたような圧迫感を覚える。


(どうするつもりだ…)




バタッ


(?!)


少女は倒れた。

糸が切れた人形のように。



     ◇



「ようやく落ち着いたぁ…」

諸々の事後処理を終え、エリアンが宿の椅子に腰を落ち着けたのは深夜になってからであった。

ベッドを見ると包帯でぐるぐる巻きにされたテオが寝ている。


リネットが隣の部屋から湯呑みを乗せたお盆を持ってやってきた。

「お疲れ様でしたぁ。お茶どうぞ」


「ありがとう。テオはどうだった?」


「夕方お医者さんが来てくれて、打撲とかすり傷程度で軽傷との事でした。一安心ですねぇ」


「そうか。よかった。俺とぶつかってそこそこ飛ばされたからなぁ。どこか折れてるかもと心配した」


「さっきまで体中痛いって騒いでましたので元気もあるみたいでした」


「ははっ。ところであの共生者はリネットの部屋か?」


「はい、私のベッドに寝かせています。ただ、1回も目覚めずに呼吸も浅いんですよねぇ。やっぱり明日お医者さんに見せますか?」


「うーん…」


共生者が倒れた後、すぐにリネットを呼びローブを被せてエリアン達の宿まで運んでもらった。

兵士達はエリアンと同様無傷のようだが、この騒然とした状況を作り出した張本人だ。

何かしら取り調べを受けさせられる可能性がある。

結果的に無事であっただけでテロ行為を働こうとしたと見なされて、下手すると罰せられる事も考えられた。


そして共生者が2階から落ちてきた宿。

おそらくあの宿に宿泊していたのだろうが、半壊状態だった。

とても宿泊は出来ないだろう。


そのためエリアン達の宿で一時保護する事にしたのだ。


「あの宿のおかみさんに事情を説明したら、やっぱりあの人泊まってたみたいです。名簿の名前を確認したところイオランテさんという事でした」


「イオランテ…か…」

エリアンは聞き覚えのある名前に少し考えを巡らせる。


「何か気になりますか?」


「うーん、少しな。まぁ本人が起きてきたら改めて聞いてみるとしよう」


「そうですね。じゃあ私もそろそろ寝ますね」


そう言ってリネットが部屋へ戻るため一歩踏み出そうとしたときだった。

「あ、ちょっと待ってくれ。今日は俺のベッドに寝てくれないか? 念のため今夜は俺があいつを見るよ」


数秒沈黙し怪訝な顔をするリネット。

「…。まさか若い子だからってよからぬ事を…」


「するかボケ! 椅子で寝るし指一本たりとも触れんわ!」


「…まぁいいですけど…。じゃあ寝間着に着替えて来るので待っててください」

リネットは扉の方へ向きを変え、顔だけ再度こちらへ向ける。

「訴えられてもかばいませんよ?」


(…こいつ…!)


(…あっ)

そのとき唐突に首飾りの事を思い出す。

「そうだ、これ。ほいっ」

ポケットから取り出した首飾りをリネットに放り投げた。


リネットは数回お手玉した後に無事確保し、まじまじと受け取ったものを見つめる。

「あー! そういえば首飾り無いと思ってたんですよ!! なんでエリアンが持ってるんですかぁ!! 泥棒!!!」

それだけ言い残しリネットは去っていった。


(…こいつ…!!)

(もう酔っ払っても知らんぞ…!!)




………


……


…


リネットの部屋に入ると、初めて見たときのように死人のような顔で共生者が寝ていた。

(大人しく寝ていれば人形みたいなんだが…)

整った顔立ちと昼間の奇行とのギャップに、何とも言えない気分になる。


(イオランテ…か)

静かに窓際の椅子を扉の方に持ってきて腰を下ろす。

(たぶん偽名だろうな。それは60年以上前の戦争時に紫雲の魔法を使い帝都の部隊を撃退した者の名前だ)


紫雲木の魔法を扱う共生者は、シルヴァレムの宗主三家と呼ばれる三大花木を司る家の一族以外に存在しない。

火焔木・鳳凰木・紫雲木の各家は、元々守護者としての役目しか与えられていなかったが、帝都との紛争以降権力層にも食い込んでいる。

要人と言える地位の人間だ。


そんな人間が港町で偽名を名乗りボロ雑巾のようになっていた。




(まぁなんとなく察する事は出来るが…)

エリアンはため息をつく。


シルヴァレムでは、魔獣や他部族の襲撃や、帝都の学術院との小競り合い等、各所との摩擦が絶えない。

軍事面でも政治面でも宗主三家の負担は相当なものだと聞く。

自らの意思とは関係なく、常に周囲の期待に応え、結果を出す事を求められるのは想像に難くない。

単独でこんなところへ役目を負って来たとも考えにくいだろう。

そうなると考えられるのは、逃亡してきた可能性が高い。

そして名前を聞かれ、咄嗟に親族の名前を使った…というところだろう。


(特に踏み込んで事情を聞こうとは思わないが、とりあえず何か手助け出来る事があれば何とかしてやるか)


そんな事を考えながら、エリアンは眠りについた。

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