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アマルガムの魔匠  作者: 字書き狸
交易港ナウマリスを覆う暗雲

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第28話 舞い散る紫雲

目の前の少女は杖を構える。


失われた魔感では、彼女が魔法を使っているのかどうかすら分からない。

だが彼女が杖をかざしたその真下の石畳に亀裂が入り重い音を立てた事から、何かが起きているのは分かる。

そしてその亀裂は植物の根が急速に拡大するようにどんどん広がっていく。

さらに地面から伝わる振動がただならぬ事が起きていると物語っている。


アノマライトのせいで魔感が効かないであろう獣も、さすがに地面から伝わる振動で異変を察知したのだろう。

土嚢や網を破壊する事をやめ、兵士達と距離を取り警戒している。


広場の兵士達も動揺しているようだ。


「なんだこの揺れは…それに魔法が出ないぞ…?!」


「木が!? なんだあの巨大な木は?!」


「木だと?! どこだ?!」



(木…? なんの事だ? それに見えている兵士と見えていない兵士がいる…? 一体何が…)

エリアンには何も見えず、その言葉の意味も分からない。


見えているであろう兵士達の視線が徐々に上がっていく。


(何が起きてるのかは全く分からないが、何かすごい事が起きているのは分かる…!)


魔獣も兵士達の様子につられ上を見上げる。

だがおそらくエリアン同様何も見えないのであろう。

ただただ動揺している。


(何か魔感由来の事象を感知している者には見えているのか…? ただそれが分かったところで俺には見えん…)




そのときだった。

「全員逃げろ!!! 降ってくる花びらに触れたら爆発するぞ!!!!」

1人の老兵の叫び声が響き渡った。


すぐにその意味を理解した者はいなかったが、徐々に察する者が現れ始める。


「撤退!!! 今すぐ逃げろ!!!!!」


「出来る限り遠くまで行けええええ!!!!!」


第二陣の面々は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。




(花びら…?!)


エリアンには相変わらず何も見えない。


(いや、あれは何だ…?)


(紫の…花…?)


ポツッポツッと上空に紫の花が咲き始める。


その数は加速度的に増殖し、次の瞬間には紫の花が広場全体を覆っていた。


(さっきのじいさん、降ってくる花びらと言ったか…? まさか…!?)




エリアンがその意味に気づくのとほぼ同時だった。

広場を覆う花びらが一斉に降り注ぎ始めた。


(あぁ、死んだな…)

どうしようもなさすぎて笑うしかない。

咄嗟に逃げるため立ち上がろうとしたはずが、いつの間にか再び力なく座っていた。


(これが60年前に兵士達が見た光景か…)

不思議と落ち着いている。

(絶対に助からないと分かる状況だと、逃げようとする気も失せるんだな)


一つため息をついた後、後方で横たわるテオの方へ向き直る。

「テオ、ここまでみたいだ。すまんな。うちに来て楽しかったか? 俺は楽しかったぞ。あの時お前を引き取ったのを後悔した事は一度もない」

少し昔を思い出し、懐かしそうにテオの手を握った。

「うちに来てくれてありがとう」




目の前に紫の花びらが舞い落ちてきた。


その花びらが綺麗だったせいだろうか。


なぜか分からないが、反射的にエリアンはもう片方の手を伸ばしそれを掴もうとした。


………


……


…


ヒラヒラと舞い降りる紫のそれが手のひらをすり抜ける。


そして静かに地面へ触れ、すぅっと消えた。


(どういう事だ…?)




次の瞬間、後方から空気を弾くような乾いた破裂音と魔獣の絶叫が轟いた。

エリアンは思わず振り返る。

そこには、強靭な獣の右肘から先が無惨に吹き飛んでいるという信じられない光景が広がっていた。


次々と降り注ぐ紫の花びら。

可憐な見た目に反し、触れた瞬間に解放される爆発的なエネルギーが獣の肉体を物理的に抉り取っていく。


連鎖する爆発の余波は強固な石畳を容易く粉砕し、その下の土までもを巻き上げる。

立ち込める土煙に徐々に視界を奪われる中、獣の悲鳴すら掻き消すように、絶え間ない破裂音だけが冷酷に響き渡るのであった。




音が鳴り止む。

情報を整理しきれない頭で、エリアンは立ち上った土煙をただ呆然と見守るしかなかった。

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