第23話 対峙
背後の石畳が粉砕され、内臓を直接揺さぶるような地鳴りが足元を突き抜ける。
空を覆った漆黒の巨塊がすぐ背後に着地したのだ。
壁から離れたにも関わらず飛び越えてきた恐るべき身体能力に恐怖する余裕はない。
視界を覆う黒い影、陥没した地面から伝わる重たい振動の余韻と破壊音の残響、完全なエーテルの静寂。
不意に訪れた一撃必殺の間合いに、思考する間もなく腰に挿した剣の柄へ手をかける。
同時に獣もこちらを一瞥する。
(遅れた…!)
そう思った刹那、剣を構えるよりも早く黒い影は広場の方へ駆けていった。
目の前の建物を物ともせず破壊しながら突き進んでいく獣の後ろ姿を呆然としながら見つめる。
すぐ横にいたテオが大きく息を吐く。
「なんでこっちを攻撃しなかったんだ…?」
「…」
フッと笑うエリアン。
「相手をするまでもないって思われたんだろうな」
足元の赤い筋へ視線を送る。
熊の襲撃から逃げ延びた兵士が検問所で応急処置を受けたあと、中央広場の方にある医療施設へ運ばれる際に出来たものだろう。
「あっちが本命だからな。壁上から逃げた雑魚の相手には興味なかったんだろう」
「まぁ確かに情けない結果になっちまったからしょうがない」
やや肩を落とすエリアンの姿を見たテオがため息をつく。
「落ち込んでる場合かよ! 相手にするまでもないって思われたなら、お前の勘違いだって思い知らせてやれ!!」
エリアンの尻を蹴る。
「広場の方にはリネットもいるんだ!! 立て直して早く行くぞ!!!」
「そうだな」
気を取り直し周囲を見渡す。
中央広場の第二陣は先程の信号弾で迎撃体制に入っているように見える。
射出機の部隊は隊列が乱れてはいるが無事なようだ。
壁上から降りてきた部隊は熊が遠ざかるのを見て負傷者の応急処置を始めている。
「射出機の部隊は中央広場へ移動!! 壁上部隊は応急処置優先で手が空いた者は第二陣の援護!!!」
指示を出したエリアンはテオを見る。
「俺達も行くぞ。支援を頼む」
◇
「発射!!」
広場に待機していた第二陣は獣に向けて一斉に網を射出する。
万全ではないものの事前に設置していた土嚢などのバリケードに加え、降り注ぐ網に思わず立ち止まる。
「ひとまず足止めには成功したみたいだな」
エリアンは少し安心したように呟き、そのまま走りながら広場の周囲に目を向ける。
リネットが見当たらない。
ただ広場側で負傷者が出た様子も今のところ見受けられない。
(救護のために建物の中にいるのか、もしくは獣の接近でどこかへ隠れたか…)
そしてすぐさま獣の方へ視線を戻す。
「想定通りだがやはり攻撃の手段が乏しいな。あまり効いているように見えん」
近接での戦闘は禁止する指示を出している。
そのため中距離から遠距離の武器が主体になるが、如何せん街のド真ん中だ。
どこから狙っても射線の先には建物があり、避難が完了しているかどうかも分からない。
街への被害を考慮すると威力が高いものは使えないのだ。
更に土嚢が盾にもなるが障害物にもなる。
地に伏せ角度をつけて空の方へ撃とうにも射線の確保が出来ない。
そのため火炎放射や射程の長い大型のフレイル等、後方への影響が出ない武器で応戦しているが、分厚い毛皮の前にほとんど有効打になっていない。
このままではジリ貧。
いずれはバリケードが破られるだろう。
「だが…!」
エリアンは獣の後方10m程の位置まで駆けつけるなり魔獣に向かって叫ぶ。
「おいクソ熊! 俺が1番の脅威だと気づけなかった事を後悔させてやるぞ!!」
肩に掛けていた氷塊砲のスリングへ手を伸ばす。
アノマライトの範囲外のため、射出切り替えのつまみをより高出力な魔法射出モードの方へ回す。
そしてグリップを握り左手を後方のテオの方へ差し出す。
「何を言うかと思えばこのおっさんは本当にまったく…」
テオは呆れながらエリアンへ氷塊を手渡す。
装填したエリアンは体勢を低くして照準を覗く。
「こっちからなら撃ち放題だ」
照準の先には黒と白。
その黒の真中に照準を合わせて引き金を引く。
砲身の内部で極限まで爆縮された大気が解放され、空気が弾け飛ぶ反動と共に氷塊が射出される。
空気を切り裂き飛来したその塊は、獣の腰付近に直撃し、重く鈍い破壊音が轟く。
直後、魔獣の奥底から絞り出すような咆哮が吐き出された。
瞬時に獣の注意が前方の障害物からこちらへ向く。
振り返った黒い影と三度、目が合う。
その眼差しはそれまでと異なり、明確な怒気と殺意を孕んでいた。




