第22話 巨影
「来るぞ」
獣が急激に加速し、次の瞬間には最高速度へと到達している。
「この方向だといきなり門だな…!!」
門への攻撃は想定していたが、きっちり初手から狙ってくるとはやはり知性を感じる。
「総員待機!!!」
高速で迫りくる恐怖に浮き足立ちそうな気配を感じ、まずは一喝で空気を引き戻す。
「門に向かってきている! 門が一撃で壊れずに魔獣が弾き返された場合はその動きが止まった瞬間に集中砲火!」
「魔獣が門を突破してしまった場合は迅速に反対側への射撃準備! 下の部隊が綱による足止めを行うため、網の一斉射出後に魔獣へ集中砲火!」
防壁上の部隊が構え直し、落ち着きを取り戻したのを感じる。
「火炎放射魔法具を所持している者は門の真上付近へ移動! 40m程の距離まで接近したら一斉射出! 事前の打ち合わせ通り無効化範囲を測定する!」
「40mだと到達まで2秒程だと思われる! 射出後すぐに散開するように!」
魔法具を持った5名程がすぐに移動し構える。
火炎放射は、大気中の可燃性ガスの塊を生成したものに着火しエーテルで形状を保ちつつ風を操作する原理で指向性を持たせている。
そのため魔獣の打ち消し範囲に触れるとガスの形状が保てず霧散し炎が消えていくため視認しやすいという算段だ。
門の裏手に向かって叫ぶ。
「突進来るぞ!」
「構え!!!」
下から指示の声が聞こえる。
続いて門の真上で待ち受ける部隊へ叫ぶ。
「火炎放射魔法具発射!!!」
一斉に射出される炎。
素早く散開する兵士。
想定通りに炎が消え、高速で駆け抜ける獣の周辺が残像のように凪いだ空間となる。
(半径5mといったところか…!)
打ち消されるとはいえ炎によって生じた熱や風の勢いまでは消えるわけではないが、一切怯む様子は見えない。
最高速度を保ったまま壁に衝突する。
と思われた、そのときだ。
手前で獣が飛び上がる。
「…!?!?!?」
大質量の衝突に壁全体が揺れる。
エリアンは何とか衝撃に耐えたが、周囲を見ると倒れた者が多数いるようだ。
「登ってくるぞ!!!」
誰かから発せられたその声に、エリアンも震源を確認しようと防壁から身を乗り出す。
そこにはほぼ垂直の石壁に、数トンはあるであろう巨体でしがみつくという信じられない光景が広がっていた。
更に鋭く巨大な爪が、防壁の強固な石積みを抉り粉砕しながら、重力に逆いゆっくりとよじ登ってきているのだ。
(まずい!!!!)
(今撃てば防壁にもダメージが…! 壁の上で迎え撃つか?!)
(だが狭い壁上では味方の砲撃で同士討ちが起きかねない…!! 発砲を禁止するか?!)
(いや、発砲を禁止するだけではダメだ! 獣と近距離戦闘をしようものなら各個撃破され全滅する…!!!)
「壁上の部隊は即時総員撤退!!! とにかく逃げろ!!!」
◇
「魔獣が壁を登ってくるぞ!!」
エリアンは叫びながら階段を駆け下りる。
瞬間的に理解が追いつかなかった兵士もその様子を見て追従する。
狭い壁上からの撤退は蜘蛛の子を散らすようなパニック状態だ。
地上に降り立ってから振り返ると、階段から転落し負傷する兵士も多数見える。
(くそ!!! 完全に想定外だ!!!!)
が、どのみち壁上に残っていたら一方的に狩られてしまうから仕方がない。
(どうする!!!! くそ!!!!!)
見通しが甘く被害を出してしまった自責で思考が鈍りそうになる。
その様子を察したテオが背中を叩く。
「いったん今は最善策を考える事だけに集中しろ!」
その痛みに少し冷静になり、大きく息を吐いた。
「分かってる。すまん」
数秒で獣は壁を登り終えるだろう。
何をしないといけない。
やつが登りきったら無人の壁上で何をするか。
壁上のブロックを投げたり崩したりされると下が危険だな。
またやつ自身が飛び降りてくる事も考えられる。
「総員壁から離れろ!!!」
エリアンも移動しながら思考を続ける。
元々門を突破されたときに備え、後方の備えはしている。
門の突破ではなく壁を乗り越えられたのは想定外だが、足止めは可能なはずだ。
壁上からの射撃が崩されてしまったところの立て直しが必要だな。このままでは有効なダメージが与えられない。
地上ですぐに動けるやつが何人いるだろうか…。ダメだ、すぐに分からん。
それより第二陣への準備の合図が先だな。
信号弾を手に取り上空へ向けて放つ。
壁上を見るがまだ登りきっていないようだ。
足止め後に攻撃できるやつをいったん集めるか。
何人いるか分からんが集まってから考えよう。
「壁から降りてきて動ける者は門の裏へ!!」
追加の指示を出し、再び壁上を確認しようとしたときだった。
壁の破片が足元へ落ちてきた。
ハッとして見上げた先には、先程見下ろしていた獣が今度は黒い影となってこちらを見下ろしている姿があった。
そして黒い影は跳躍する。
仄暗い空からこぼれる僅かな光すらその巨躯に喰らい尽くされ、視界は唐突に夜の底へと沈んだ。




