第18話 可能性
4月5日 金曜日。
朝日の気配と強くなり始めた雨音でリネットは目覚めた。
思考は無から起動したような状態で何も感情の余韻も無い。
ぼーっとはしているがクリアだ。
反対に身体は何かしらのダメージを引きずっている。
頭痛、倦怠感、吐き気、満身創痍だ。
少し顔を上げたところでテオと目が合う。
「…」
テオは光を失った目で床に座りながらこちらを見つめている。
その漆黒が昨日の出来事を走馬灯のように映す銀幕に見えた。
「また…やっちまったようだな…」
「…」
「頭が…痛いです…」
「…」
「水を…お水を一杯いただけませんか…」
「…」
魔感は読み取れないが、変わらぬ漆黒の奥に感情の色が見えた気がした。
◇
リネットに水筒を手渡し、テオは再び床に座り込む。
昨夜は戻ってきてから再び元気になったリネットに夜中まで付き合わされる事になった。
エリアンとテオの部屋が宴会場となり、エリアンのベッドに陣取ったリネットが酒をこぼしまくり、最後には酔いつぶれてテオのベッドに倒れ込み意識を失ったところでお開きとなった。
そのため残された男2人は仕方なく床で寝たのだ。
おかげであまり眠れず、つい先程目が覚めた。
左手の方には床で寝ているエリアンがいる。
爆睡している。
(こいつはたくましいなぁ。繊細な自分が恨めしいぜ…)
「どうせ明日の朝はみんな使い物にならんだろうし、午後まで予定なしな」
と言っていた。
床で寝たせいで眠りも浅かったような気がするし身体も痛い。
アホ(リネット)を無理やりにでも自室へ動かしてベッドで昼まで寝るぞ、とテオは決意した。
◇
昼過ぎ。
元気そうな中年と体調が悪そうな少年少女の3人組は、中央広場の近くにある役所へ向かっていた。
本日で4日連続の雨天である。
調査のとっかかりが掴めない以上、やはりいったんはこの異常気象とも呼べる現象に関して調べるのが最善と思える。
過去の文献を調べ、類似現象が起きた事がなかったか調べてみようというわけだ。
学術院の依頼である事を伝えると役所の文書保管室へ通された。
古い紙の匂いと少し冷えた独特の空気が漂う。
「うーん、気象装置が稼働し始めてから100年余りの記録を見ても、やはり4日連続は初みたいだなぁ」
「2日や3日はごく稀にあるみたいだが、気象装置の故障だったり大型の低気圧が関連している」
「…zzz」
「…」
「今回はどちらにも当てはまらない。やはりこの天気と熊は関係している可能性が高いと見るべきか」
「…zzz」
「…」
「うーん…分からん…こうなるともう気象装置を見に行ったときはたまたま動いていたけど、実は止まっている時間もあって正常に稼働してないとかか?」
「だがあの音色は正常そのものだったしなぁ…」
「…zzz」
「…」
「お前らなぁ…」
調べ物をしている間ずっと爆睡しているテオと気分が悪く下を向くリネットの方を見る。
「まったく…」
(調査の進展になるような情報は見当たらない。どうしたもんか)
エリアンは少し考えた後、使えない2人を引きずって検問所へ再度聞き取りに向かうのであった。
◇
検問所が見えてきた。
2日前に訪れたときよりもどんよりとしているように感じる。
小雨になっており前回の記憶が想起されるせいだろうか、はたまた調査に進展が無いからだろうか。
番兵が中に1人いるが前回訪れたときには見なかった顔だ。
「すいません。2日前に学術院の依頼で聞き取りに来た者です」
「あぁ。聞いてます。どうされました?」
「あれから何かありましたか?」
「うーん。特に何も無かったような気がしますねぇ」
「そうですか。ありがとうございます。また何かあったら些細な事でも良いから教えてください」
まぁそうだろうなと思いながらも、手がかりが増えなかった事に少し落胆して引き返そうとしたときだった。
「あっ。些細な事といえば」
「おっ。なんですか?」
「帝都へのエーテル通信がたまーに通じなくなるんですよね」
エーテル通信といえば街道沿いに埋設されたケーブルを利用して行っている。
帝都の庇護下に置かれる都市にとって、エーテル通信は定時連絡や緊急連絡に利用される、行政・防衛上の主要な連絡手段である。
そのため定期的なメンテナンスも入念に行っており、不通になるという事は珍しい。
「へぇ。故障とかですか?」
「いやぁ、それが特に故障してそうな箇所も見つからず、時間が経てば直ってるんですよねぇ」
「ほぅ…」
「確か一昨日の夕方頃もありましたねぇ」
「ふむ。その事象が起き始めたのはいつ頃からですかね?」
「うーん、2週間くらい前だったかなぁ」
「2週間…」
(あれ…? 何か引っかかる…)
「最初に被害に遭った人たちっていつ頃襲われたんでしたっけ?」
「あぁ、ちょうどその頃だったですかねぇ。ん? もしかして関係あるのかな?」
「…」
「そういえば月曜も途切れたような」
月曜という響きにハッとする。
ノーマンの依頼で街道沿いに現れてた魔獣の討伐をした日だ。
「す、すいません…。実は私達が任務中にエーテル通信ケーブルを断絶させてしまいまして…」
「あー、昼過ぎに断絶したって話はあなたたちだったんですねぇ…」
番兵は苦笑いした後にすぐ真顔に戻って続けた。
「でもそれとは別に、朝方も通じなくなったんですよ」
「朝方も…」
そういえば魔獣を討伐した際、兵器を積んだ馬車が向かってきていた。
結局なぜ検問所の規制が敷かれているであろう中に通行出来たのかは聞かなかった。
だが通信が届いていなかったとなれば辻褄が合う。
「もしかして月曜って早朝ではなく昼前あたりに魔獣の規制を敷きました?」
「確かそうでしたねぇ。通信が復旧して帝都に繋がったら、向こうが大慌てで規制しろって言うので驚いたんですよ」
エーテル通信が故障でもないのに止まる…。
エーテルが止まる…。
エリアンの中でひとつの仮説が浮かび上がる。
「ありがとうございます! 手がかりになりそうです! また何かあったら教えてください!」
そう言って検問所を飛び出したエリアンはもと来た道を引き返す。
(そんな事がありえるのか…?!)
(もし予想通りなら状況は逼迫しているかもしれん!!)
軽くなった足取りは、しかし直ぐ側まで迫る脅威への緊張で強張っていた。




