第17話 酒乱
「だいたいですねぇ。エリアンはいつもいつも私の扱いが雑なわけれすよぉ!」
テオの向かいに座るリネットは据わった目でまくし立てる。
「昨日だって壁の上でずっと待ってた私にもっとねぎらいの言葉があってもよかったと思うんれすよねぇ!!」
「いやぁすまんすまん、いろいろ考え事をしていてそれどころじゃなかったんだよ…。いやぁリネットが後方で備えているのがめちゃくちゃ心強かった! なぁテオ?」
「そ、そうだな…さすがだぜリネット…お前がいると安心感が違う…」
「うんうん、頼りになるなぁリネットさんは! なぁリネット、この前市場で値切り倒した話また聞かせてくれよ」
リネットは出だしから快調に飛ばしている。
ついさっき入店したばかりだというのに、エールは既に5杯目だ。
エリアンとテオは会話を合わせながらも、可能な限りペースを落とそうと極力リネットに話させようとする。
「えぇ? またれすかぁ? 仕方ないなぁ。だいたいあの店は以前からボッタクリだって隣のマルタさんといっつも話しててぇ」
「そのうち懲らしめてやろうってマルタさんと2人で他の店から情報を集めてたんですよぉ!」
「へぇ。そういえばマルタさんは元気か? 最近見てないなぁ」
「それはエリアンが引きこもってばっかいるかられしょ!! めっちゃ元気にしてますよぉ」
「むしろエリアンは元気かって心配されてるくらいなんれすから今度顔見せてあげてくらはい!!!」
「そうかぁ。すまんすまん」
予想通りの展開である。
もはやデジャヴと言って良い。
テオはため息をつく。
(やはりこうなったか…)
この後の展開は分かっている。
エリアンと俺と話すだけでは物足りなくなったリネットが隣の席に絡み始め、そのうち一緒に踊りだすんだ。
そして力尽きて気分良さそうに眠るリネットを俺が担いで帰る…。
(俺が入店早々トイレに行ってる間に2杯も飲むとは…)
(油断した…今度から店に来る前にトイレ済ませとこ…)
「エリアン聞いてるんれすかぁ!!!!」
「聞いてる…! 聞いてます…!」
(てかエリアンもそんなハイペースなリネットをなぜ止めない…!)
(いつものルートに入るのは分かってただろ…!!)
(なんでこういうとこはポンコツなんだよ…!!!)
「だいたいれすねぇ。エリアンはいつもいつも私の扱いが雑なわけれすよぉ!」
「昨日だって壁の上でぇ…。壁のぉ…」
「いやぁリネットが後方で備えているのがめちゃくちゃ心強かったなぁ! うんうん!」
(ぐだぐだじゃねぇかよ…)
(まぁなってしまったものは仕方ない…)
(それにこれはチャンスだ)
今のリネットに理性は無い。
肉や炒め物を大量に頼んでも阻まれないだろう。
店員を呼ぼうと視線を上げたときだった。
「マルタさんがねぇ…。こらエリアン! 聞いてるん…あっ☆」
リネットの肘が陶器の酒瓶に直撃する。
咄嗟に片手を出し落下地点に空気圧縮の構えをする。
『ガシャン!』
「あれ?」
(空気圧縮が出ない…?)
何か違和感がある。
「あ…」
「どうしたテオ?」
同じく違和感を感じとったエリアンが声をかける。
「上書いちゃったかも…」
「マジで…?」
◇
魔法を使う人間の大部分は発現者と起動者に分類される。
しかし共生者のように例外的な存在は他にもいるのだ。
対象の魔旋の構造を知覚した瞬間、魔旋を記憶し再現する事が出来る。
彼らは『体現者』と呼ばれている。
「もしかして炎の牛に襲われたときか…?」
エリアンは状況的に思い当たる場面があった事を思い出す。
「うーん…。たぶんそうだ。あのとき眼帯が取れてうっかり兵器の色を全て見ちまった気がする」
知覚の方法は体現者毎に異なると言われている。
テオは左目でレゾナイトや魔法具を視認する事で魔旋を知覚し記憶する。
左目に着用した眼帯は、魔感の酔い止めだけでなく、無差別なコピーを防ぐという効果があるのだ。
「うーーーん…確かあれは気象兵器だったな。ただ着火しないと使えんし規模を考えると町中でも使えん。宿に戻ったら実用的な何かに上書きするか」
「すまん。あちこち痛かったから上書いたかもしれない事をすっかり忘れてた」
「まぁあの状況じゃあ仕方ない」
「空気圧縮めっちゃ便利だったんだけどなぁ」
「あの魔法具は学術院から試運転を押し付けられたやつだからなぁ。たぶんもう一回借りるにはめんどくさい手続きが必要だしきっと申請出しても通らん」
「もったいねぇなぁ。クソ牛め余計な事を…」
「てか危なかったな…。今回は最初から熊には使わないつもりだったけど…。もし使うつもりでいて出なかったらと思うと…」
「おぉ…。確かに…。毎朝確認するようにすっか…」
そうこう言っているうちにリネットは隣の席で飲んでいる。
「お兄さん達良い焼け具合れすねぇ!! いかすぅ!!」
「ありがとよぉ! 今朝港に帰ってきたばっかりでよお! 1週間くらい南の方で漁をしてたから焼けまくりだぜぇ!!」
「お兄さん漁師れすかぁ! かっこいい!! てか3日連続でずっと雨なんれすけどどうなってるんですかぁ!!」
「そうらしいなぁ! 珍しい事もあるもんだぜ!! おっ大杯が空だぜ姉ちゃん!!! これも縁だし1杯おごってやるから飲め飲め!!!」
「きゃーやさしい素敵ぃ!!! ありがとう♡」
エリアンは諦めて肉へ手を伸ばす。
「あれはもうそろそろ踊り始めるな」
テオもむさぼり食いながら諦めの境地だ。
「あぁ。ああなったらもはや熊でも止められねぇな」
「今は熊の話は聞きたくない…」
エリアンはやれやれといった具合に立ち上がる。
「はぁ…。今のうちに首飾り回収しとくか…無くすと明日の朝見つかるまで大騒動になるからな…」
「おいリネット、今のうちにそれ寄越せ」
「きゃー! エッチ! エロアン何するのぉ!! 触らないれぇえ!!!」
「誰がエロアンだ!! 暴れるなボケ! 痛っ! お前がこれ無くすと明日の朝がまた大変なんだよ!」
「おじいちゃんの形見ぃ! 鬼! オニアン! 返せぇ!!!」
「痛っ! 噛みつくな! やめろぉ!」
「ジャガジャガのくびががりぃ!!」
「何言ってるか分からん! おいテオ! お前も加勢しろ!!!」
「へぇい…」
「痛あああ! こいつの熊並みの執着心はなんなんだ…!」
「おい、お前さっき熊の話は聞きたくないっつってたろ…」
首飾りを回収し、踊り狂うリネットが力尽きるのを待ち、宿に担いで帰った頃には日が暮れていた。




