第13話 不気味な風
宿に戻った一行は、いったん休憩を取る事にした。
その後に昼食を挟んで再び調査へ出る予定だ。
エリアンはベッドに腰掛けて外を見る。
(相変わらず降っているな…)
少し横を見ると、テオはベッドに寝転がり天井を眺めている。
おそらく考えている事は同じだろう。
窓とベッドの間の空間を見つめながら思考する。
熊の調査をするにあたり、居場所を突き止める前にどのような攻撃手段を取るのかは把握しておく必要がある。
…が、今のところは暗くてよく見えずに手がかりなしという状態だ。
(他に何かないだろうか…)
窓の外に焦点が合う。
この町で2日連続で雨が降るという事は確かに珍しい。
珍しいのだが、これが異常事態かと言われるとそんな事も無いはずだ。
ただし熊の襲撃という別の珍しい事象が起きている。
2つの珍しい事象同士に関係があると考える事はそこまで不自然ではない。
熊の影響で何かが起き、雨が続いた。
もしくは雨が続いた事で、熊が出没した。
この2つが関係したという前提で因果の順番を考えるなら、おそらく熊が先だろう。
雨が降る前から熊の被害は起きていた。
雨の原因の先にも手がかりがあるのではないだろうか。
(…。気象装置…か…)
◇
昼食のためにリネットの部屋へやってくると、卓上に缶詰が1つ置かれていた。
「あれ? リネットさん…? 節約は朝だけなのでは…?」
エリアンは恐る恐る先に腰掛け窓の外を眺めるリネットへ話しかける。
ゆっくりとこちらを振り向き、リネットは微笑む。
なんだろう、もはや熊よりも怖い。
「あのぉ…」
「長期戦になるかもしれなさそうですからねぇ。少しでも節約しないと」
「ですよね…」
穏やかな笑みを浮かべる天使の皮を被った魔獣を見た気がする。
検問所を出た時に無言だったのは、あまり手がかりの得られなかった午前の聞き取りで長期化による財政の危機を感じとったせいだったのだろうか。
なかなか頼もしいメンタルではあるがもう少し熊の方も気にしてほしいものだ…。
ひとまずエリアンは逆撫でしない事にした。
後からやってきたテオもリネットの顔を見ただけで何かを察し、無言で着席した。
「それで午後の動きはどうするんです?」
リネットがシーフードのサンドを一口食べたところで切り出す。
エリアンは朝も食べたシーフードを塗る手が重く、まだ塗りかけのパンを置く。
「あぁ。まずは遺留品を確認しに詰め所へ行く。その後防壁外の現場だな。あとは気象装置も見ておきたいと思ってる」
「気象装置?」
突拍子も無い調査対象に思わずテオも塗りかけのパンを置く。
「この雨がもし熊と関連していたら気象装置が手がかりになるかもしれないと思ってな」
テオとリネットは見合わせて首をかしげる。
「端折らずに説明しやがれ」
エリアンはやれやれという顔で話し始める。
「どうしたら雨が降るのか考えたんだよ。下降気流を上回る低気圧の勢力が生じているか、下降気流の気象装置が機能していないか、の2つが有力だろ」
「ふむ」
「低気圧側が強まるなら海賊の仕業だろうが、これは熊との関わりが見えない」
「また、熊が魔法で上昇気流を発生させている可能性も考えたが、さすがに熊単体でそんな膨大な出力は出せんだろう」
「だから低気圧の線は薄い」
「まぁそうだな」
「そうなると気象装置自体が熊に破壊された可能性が出てくる。もちろん敵対勢力の破壊工作やただの故障の可能性もある」
「いずれにせよ見てみればある程度分かるだろう」
◇
テオは氷塊砲を収納しているケースを開く。
金属の外郭に触れるといつもより冷たく、そして持ち上げると重く感じる。
普段の標準装備の場合は役割分担で1人、多くても2人しか持つ事がない。
そしてだいたいエリアンとリネットが持つ。
テオが持つときは大捕物の際の重装備だけである。
そのため自分がこれを持つというだけで緊張感が違う。
先程の昼食中の話で、詰め所に行ってそのまま防壁外へ行く事になったため、熊との遭遇を警戒しての選択だ。
もっとも熊の手の内が分からない以上、あくまでも万が一遭遇してしまった際に応戦出来るようにという備えが目的である。
熊と遭遇して戦闘になる可能性はそこまで高くないのだろうが、やはり気が重い。
湿気のせいか緊張のせいかじんわりと汗が滲み蒸し暑さを感じる。
テオは水生成の魔法具を起動し水を捨てた。
心なしか少し涼しくなったような気もする。
「計測機器も忘れんなよ?」
「おう」
エリアンの声も、返事をした自分の声も重苦しい。
言葉少なに準備を済ませた一行は宿屋を出る。
時刻は昼を過ぎたあたり。
外は小雨となっていた。
◇
「おかしい…」
詰め所に到着した一行は、通された保管室で新たな問題に直面していた。
「熊は魔法を使っていないのか?」
謎が深まったとばかりにエリアンは険しい顔をする。
遺留品に残された痕跡はどれも爪痕や重量で押しつぶされたと思われる物理的なものばかりだ。
「あぁ。もっと焦げてたり鋭い切り口があったりするもんだと思ってたぜ」
テオも予想とは異なる状態に困惑しているようだ。
3級といえば近接戦闘も高いレベルでこなす。
魔獣化して魔法を使用して襲撃したものだとばかり思っていた。
いくら巨大とはいえ、素の身体能力だけで腕利きの護衛に打ち勝ったという事なのだろうか。
「…。襲撃現場を見てみよう。さすがに魔旋痕は残っているだろう」
エリアン達は詰め所を後にし、検問所で聞いていた防壁外の襲撃現場へ向かう事にした。
◇
「明るくて見分けはつきやすいが、一応背の高い草が生い茂っている箇所もある。警戒しとけよ」
エリアンが警戒するよう呼びかけながら慎重に防壁外の現場へ向かう。
だが近づけば近づくほど違和感がある。
(何か変だな…)
「本当にここであってるのか?」
テオも同じ事を思っていたようだ。
魔法を使用すれば魔旋の軌道上にエーテルが残留する。
物質を透過する性質を持つエーテルは、風が吹いても影響を受けない。
つまり魔法が使われた場所にはどのような魔法が使われたのか知る手がかりが残っているものなのだ。
だがエリアンには魔旋のような音は何も聴こえないしテオも魔旋のような色は何も見えないのだ。
「魔法を使ったとしてこんなに綺麗な事ってあるんですかねぇ」
念のためリネットもエーテル可視化の計測器を覗くが同様の結果となり不思議がっている。
魔法の痕跡が現場に無い。
これは熊だけでなく、応戦した護衛も魔法を使っていない事を意味する。
「周囲の警戒を怠るなよ」
そう言いながらエリアンは少し思考する。
熊は気配を殺すのがとても上手い。
魔獣でなかった場合は魔感も微弱、気づかずに接近を許す事もあるだろう。
しかし3級の手練が無抵抗でやられたというのはどうにも腑に落ちない。
咄嗟に魔法具が使えずに武器で応戦した可能性もあるが、初撃を凌げばやはり魔法を使うのが一般的な立ち回りだ。
「戦士だったのかな?」
再びテオも同様の疑問に辿り着いたようだ。
帝都では戦闘スタイルによって呼称が異なる。
物理的な武器が主の戦士。
魔法が主の魔士。
両方を併用する魔戦士。
比率的には魔戦士が9割だ。
「なくはないが…。そんな珍しいやつなら検問所の所長が教えてくれたと思うんだよな」
「確かに」
やはり分からない事が多い。
そしてこの場所に留まり続けて思考するのは危険だ。
「いったん検問所まで戻るぞ」
雨は上がり曇り空。
北から吹き始めた風が不気味な空気を運んでくるかのようだった。




