第11話 巨獣の気配
(ちょっと強くなってきたか…?)
海の眺めを堪能していたテオは、雨脚が強まり始めた事に気づいた。
一通り港までの範囲の聞き込みは行った。
時間も良い頃合いに思う。
(引き返すか)
そんな事を考えながら少し引き返し始めたとき、土砂降りへと変わった。
(まじかよ!! そのうちやむとか言ってたけど逆に強くなってんじゃねぇか!!)
雨具は全く準備していない。
雨宿りするか急いで戻るか…。
(いつやむか分からんしさっさと帰って着替えた方が良いな)
少し考えた後で小走りのスピードを早める。
テオと同じように帰る事を選択した者、雨宿りする者の他に、気にせず外で作業を続ける者もいる。
船乗りが多い場所なので雨など気にならないのだろう。
むしろ網の掃除をしている者は流す手間が省けるのかもしれない。
時計台の近くまで来たがスピードは緩めない。
(やっぱ誰もいないか)
そのまま広場を突っ切って宿まで駆けていった。
◇
(いやぁ…ずぶ濡れだな…)
部屋に戻ったテオはタオルを探す。
隣の部屋から物音がするのでリネットは先に帰っていたようだ。
こちらの部屋にはタオルと簡単な着替え程度しか置いていない。
(風邪を引かないように後で厚手の服を取りに行こう)
「テオだけですかぁ。エリアンは何してるんでしょう…」
テオが着替えているとリネットがやってきた。
「どこかで雨宿りでもしてるんじゃないか?」
「うーん…。エリアンの事だし広場で待ってるんじゃ…」
「ははっ、まさか。この雨だぞ? …うーん、ちょっとありえる…」
窓から広場の方を恐る恐る見てみる…
が、人影があるような無いような…
分からない。
「ちょっと私行ってみますねぇ」
リネットが雨具を取りに戻ろうとする。
「いや、俺まだ着替え途中だったし濡れた服を着直して行ってくるわ」
「一応雨具を持っていってやろうと思うから準備だけ頼む」
一回脱いだ服は温度が逃げるのが早い。
冷たい服を再度着ると体温が一気に下がったような感覚がする。
「全くあのアホはさっさと帰ってくればいいのに…」
ブツブツ言いながら、リネットに取り出してもらった雨具を抱えて部屋を出ようとドアノブに手をかける。
すると、まだ押してもいない扉が勝手に開いた。
「やっぱり帰ってやがったか! 裏切り者共!」
扉を開けたのはずぶ濡れのエリアンだった。
「おぉ、ちょうど探しに行こうとしてたとこだった」
「お前らひどいぞ。広場で待ち合わせって言ってたのに…」
「いや、さすがにあの状況だと仕方ないだろ…」
テオは苦笑いする。
「まぁ俺は降られた時点で諦めて、せっかくなら雨に打たれる修行僧の気分でも味わおうと思って歩いて帰ってきただけなんだけどな」
(こいつ…怒)
なぜか自慢げなエリアンに少し心配した気持ちを返してほしい気分だ。
ため息をついて切り替える。
「とりあえず風呂セットのレゾナイトどこか教えてくれ。風呂沸かして入ろうぜ」
雨の日は大気中の水分が豊富なため、水分を収集するレゾナイトを使用し簡単に水を貯める事が出来る。
熱を発するレゾナイトも使えばお湯も沸かせる。
大きな木桶さえあれば設備のしょぼい宿でも風呂に入る事は容易なのだ。
「そうだな。全員入り終わったら打ち合わせをするか」
全員宿に帰還したところで、一時再支度タイムとなった。
◇
――1時間後。
エリアンとテオの相部屋にリネットも集合し、収集した情報を共有する。
港方面や住宅地方面でも熊の噂は広まっており、まとめると大きな熊に港町の防壁外で巡回部隊や商人等多数が襲われた、という事になる。
「大きいってどれくらいなんだろうな。森で熊を見た人がいるって話してくれたおっさんは、5mとか言ってたぞ」
「…でもデカいって言っても熊はせいぜい3mとかだよな?」
さすがに話を盛っているんじゃないかとテオは疑っているようだ。
エリアンは少し考えてから口を開く。
「ありえる…かもな…」
「…まじで?」
「帝都の近くではあまりそういう種はいないが、地域によっては巨大化しているという話はよく聞く。厳しい生存競争の影響らしい」
「俺も数回そういう種は見た事があるし、訓練校の生物学の講義でも触れられる内容だ。熊は初めて聞くが…」
リネットも被せる。
「私もそれ習いました。それに、商人の人がこの街の北の方に植物が生い茂ってジャングルになってる場所があるって話をしてましたよ」
「水と食料が豊富で繁殖もするけど奪い合いも多いみたいで、凶暴な生物が多くて独自の生態系が築かれていても不思議ではないみたいですねぇ」
エリアンもやはりかといった表情だ。
「うむ…。5m以上がいる可能性も視野に入れた方がいいかもな」
「まじで…? もはや化物じゃねぇかよ…」
熊の膂力は想像を遥かに上回るレベルと聞く。
分厚い体毛と骨格は銃弾をも弾く事があり、人間がパンチをくらえば頭蓋骨など簡単に粉砕され、瞬間的なスピードであれば馬をも凌ぐらしい。
それが2倍近いサイズとなると…
「もし情報が事実であれば、戦務4級程度ではまず歯が立たんだろうな」
「下手をすると3級クラスでも負けるレベルだろう」
「マジかよ…」
空気がどんよりと重苦しい。
しばしの沈黙の後、エリアンが提案する。
「まぁまだ分からん。どえらい降っててやみそうにないし、今日の聞き込みはここまでにしよう。明日はさすがに晴れるだろうしな」
窓の外を見ながら立ち上がり、伸びをする。
「そうだな。明日は町の入口にある検問所の番兵にも話を聞いてみようぜ。巡回兵が襲われたんなら同僚だろうし何か情報を持っているかもな」
そう言ってテオは寝転がった。
そんな緩んだ2人とは対照的に、リネットは座ったまま微動だにせずにいた。
「じゃあエリアン。分かってますよね?」
ゆっくり顔を上げたリネットはとても良い笑顔をしている。
怖い。
ベッドに寝転がろうとしていたエリアンは不穏な空気を察し硬直する。
「えーと…。分かってますよ…? 納品の件…ですよね…?」
リネットが目を見開く。
「早く仕上げちゃってください! テオも! 良い機会なので道具の手入れをしますよ!」
「お前のせいで俺まで巻き添えくってんじゃねぇかよ…」
「すまん…。だが今は逆らう時ではない…。大人しく従うんだ…」
この日、終わるまで夕食すら食べさせてもらえないというリネットの徹底した管理により、22時頃にようやく納品物が仕上がった。
その間も雨は一向にやむ気配はなく、一行が寝静まる頃にも降り続いていた。




