第3話 王太子、騎士団に入団する
一年の留学を終え、3人は帰国した。
カリーナとフィリップは王政庁に就職し、それぞれの目標に向かって歩きだす。
一方レオは、特に新しいこともなく、元の公務と鍛錬の日々に戻っただけだった。
公務は多いが、もともと優れているレオは淡々と、着実に仕事をこなしていた。
だが、何かが足りない。
そうだ――セランだ。
ふと思い立ち、レオはセランに声をかけてみた。
「一緒に馬を走らせないか?剣術の鍛錬でもいい。少し話したいんだ」
けれど、セランは学園の課題や研究で忙しく、なかなか時間が合わない。すれ違いが続き、会話も短くなる。
そこでレオは、自然とユリウスのもとへ足を運ぶようになった。
「ユリウス、今日の予定は?」
「王太子殿下、私は執務中です」
「わかってる。だから横で見てるだけ。帝王学的に、観察だよ」
ユリウスは報告書のペンを止め、無言でレオを見た。その視線は“また来たのか”と語っていたが、レオは気づかないふりをして椅子に腰を下ろす。執務室の隅で逆向きに座り、じっとユリウスの手元を見つめるその姿は、もはや忠犬のようだった。
数日後、今度は騎士団の訓練場で待ち伏せをする。
「ユリウス、今日の騎士団の視察、俺もついていっていいか?」
「王太子殿下が騎士団に興味をお持ちとは、光栄です」
「いや、興味っていうか…お前がどう“動かしてる”のか見たいんだ。帝王学的に」
ユリウスは一瞬沈黙し、そして静かに微笑んだ。
「では、王太子殿下。“動かされる側”を体験してみてはいかがでしょう」
「え?」
「騎士団に入団されてみては? 実地で学ぶ帝王学は、座学よりも深いものです」
「それいいな!俺、現場で学ぶの得意だし!」
レオは目を輝かせた。さすが、ユリウスだ。やっぱり目の付け所がいい。
ユリウスはなぜかため息をついていたが、俺はその足で副騎士団長へ直談判をしにいった。騎士団長は王弟殿下なのだが、現在、討伐任務中で騎士団を離れている。
福騎士団長からは、入団をすぐに認められた。(王族にNOとは言えない…)
だがレオは、王太子としてではなく、一介の騎士として名簿に名を連ねた。
外に出る際は、茶髪のカツラと目元を濃く見せる眼鏡で変装し、身分を隠していた。
「王子が来た」と騒がれるより、ただの騎士として現場を知りたかったのだ。
騎士団に入団したレオは、すぐに空気の緩さに気づいた。訓練は予定通り行われているし、規律も守られている。だが、かつて王弟アシュレイが率いていた頃のような、張り詰めた緊張感が感じられなかった。
剣の音は響いているのに、どこか芯がない。命令を待つだけの姿勢――それが、団全体に染みついているようで、どこか“目的”が曖昧だった。
「これじゃ“守る者”じゃなくて、“待つ者”だな…」
もう少し、様子を見よう。
レオはそう決め、黙って現場に溶け込んだ。
騎士たちの言葉を聞き、動きを観察し、黙々と訓練をこなした。誰よりも早く馬に乗り、誰よりも遅くまで剣を振る。その姿が、少しずつ騎士たちの心を動かしていった。
「王太子殿下が、文句も言わず、俺たちと同じ土を踏んでいる」
そんな声が、訓練場の隅から漏れ始め、次第に活気づいていく。
ちょうどその頃、王都近郊の村で盗賊被害が続いているという報告が入った。
物資の略奪こそ小規模だが、住民の不安は大きく、騎士団への信頼も揺らぎ始めていた。
「これは、動くべきだ」
レオは副騎士団長と協議し、数名の騎士を率いて現地調査に向かった。
村では、盗賊の動きに怯える住民たちがいた。
レオは騎士たちと共に夜間の巡回を行い、地形を把握し、住民の声を一つひとつ聞き取った。
「守る者として、まずは話を聞こう」
その姿勢に、騎士たちも次第に意識を変えていく。
現地での巡回、地形の把握、住民の声の収集――地道な積み重ねが功を奏し、見事に一味をとらえることが出来た。盗賊被害が収まり、村に平穏が戻ったことで、騎士団内にも安堵と達成感が広がった。
「やっぱり、動けば結果は出るんだな」
「久々に、騎士団らしい仕事だった」
そんな声が交わされ、団の士気は自然と高まっていった。
以降、レオは王都巡回にも積極的に参加するようになった。
視察で見る街ではなく、一介の騎士として見る街は新鮮だった。
破落戸を捕らえて罵声を浴びる。
酒を飲んで喧嘩している者たちを捕らえて罵声をあびる。
新鮮だ。
道端で転んだ子どもを助けたら、「ありがとう、お兄ちゃん!」と笑顔を向けられた。
レオは胸が熱くなった。
市場では、荷物を運ぶ老婆に声をかけた。
「お手伝いしましょうか?」
「まあ、若いのに気が利くねぇ。騎士さんはみんなこんなに優しいのかい?」
「ええ、まあ…俺は、筋肉で優しさを表現するタイプです」
「よくわからんが、ありがとねぇ」
市民たちは、王太子としてのレオではなく、騎士レオに話しかけてくる。身分を知らないからこそ、遠慮もなく、率直な言葉が飛んでくる。その中には、王政への不満もあれば、日々の暮らしの悩みもあった。
「最近、税がちょっと重くてねぇ…」
「水路の掃除、誰がやるのかって揉めててさ…」
「騎士団の人が来てくれると、安心するよ」
レオは、ただ聞いた。
聞いて、頷いて、必要なら手を貸した。
その中で、ふと気づいた。
――守るって、剣を振るうことだけじゃない。
――導くって、命令することじゃない。
――動かすって、まず寄り添うことから始まるんだ。
帝王学の講義で聞いた言葉が、街の声と重なっていく。
「民の幸福を願うならば、まず民の恐れを知れ」
「敵を制するならば、まず敵の欲を見抜け」
レオは、街の声を記録するようになった。
ノートに、気になった言葉を書き留める。
数ヶ月も経たないうちに一冊目がおわった。
フィリップに見せたら、「統計にできるね」と言われた。
カリーナに見せたら、「で、王政にどう活かすの?」と即座に突っ込まれた。
仲間がいるって、こういうことなんだなと、改めて思った。
その後、騎士団での巡回後、レオは毎回、ユリウスの執務室へ報告に通うようになった。
「ユリウス、今日の街の声、まとめてきたぞ」
「王太子殿下、私は執務中です」
「わかってる。報告して、横で見てるだけ。帝王学的に、観察だよ」
「……観察は、距離を取るのが基本です」
ユリウスの視線は、日に日に“うっとおしい”度を増していたが、レオは気づかないふりをして椅子に腰を下ろす。
(ユリウスが側近になってくれたら、毎日こんな感じで楽しいのにな…今度、頼んでみるか?)
レオは本気でそう思っていた。
ある日、レオは王宮の廊下で、ユリウスが陛下の執務室に入っていくのを目撃する。
(なんだ?なんかあったっけ?)
気になったレオは、執務室の側で待ち伏せすることにした。
数十分後、扉が開き、ユリウスが出てきた。
「ユリウス、また楽しいことしてたの?ねえ、俺の側近にならない?参謀長官でもいいよ!ねぇ。ねぇったら」
つい気が急いて懇願してしまった。
ユリウスはなんだかお疲れモードだ。大丈夫か?
数日後、王陛下から任命が下った。
「王太子レオ・リスト・フォン・フェルミルナ。隣国との合同軍事演習に参加せよ」




