第2話 王太子、帝国へ留学する
グランド帝国立高等学院――帝王学の最高峰。
筋肉では入れないが、志と推薦状があれば入学試験を受ける資格が得られる。
試験は厳しいが、レオは見事に合格した。こんなレオだが、頭はいいのだ。
各国の王族や貴族、将来を担う者たちが集うこの学び舎で、レオは初めて「仲間」と呼べる存在に出会った。
帝国軍務卿の子息、ジーク・アルバレスト。
最初は全く絡むことがなかったが、グレン・ヴァルクの筋肉に憧れていると知った瞬間、友情が芽生えた。昼休みは黙々と汗を流す。語らずとも、鉄と汗で通じ合う。
「肩甲骨の可動域、いいな」
「お前のスクワット、深さが違う」
それだけで通じる。言葉はいらない。筋肉が語る。
南方の交易国家から来た第三王子、リオネル・サン=サーフェス。
筋トレはしないが、器具と栄養食に異常に詳しい。
「これ、帝国騎士団でも使ってるらしいよ。試してみる?」
レオは最初こそ警戒したが、今では彼の助言なしでは筋肉が育たない。
プロテインの配合、吸収率、摂取タイミング――彼の知識はもはや錬金術の域だった。
同郷の才女、カリーナ・レノ子爵令嬢。
ズバズバ物を言うが、芯は優しい。
「王太子だからって甘やかさないからね」
「それがいい。筋肉にも、刺激は必要だ」
レオはそう思っている。彼女の言葉は、時に筋肉よりも効く。
同じく同郷の準男爵家の子息、フィリップ・エルンスト。
物静かで控えめだが、数字と分析にかけては天才。
最初はレオに遠慮していたが、レオがぐいぐい距離を縮め、呼び捨てで言い合える仲になった。
「レオ、筋肉の動きはいいけど、効率は60点だね」
「俺の筋肉は感情で動くんだ」
「だから疲れるんだよ」
レオにとって、彼といる時間はとても居心地がよかった。
筋肉と統計は、意外と相性がいい。
フィリップの分析で、レオのトレーニングは劇的に進化した。
「この角度で踏み込めば、力の伝達率が20%上がる」
「……マジか。やってみる!」
そして、帝王学の講義。
「帝王とは、力を持つ者ではない。力を持つ者を、どう動かすかを知る者だ」
レオは筆を止め、教授をじっと見つめた。
筋肉の話は一切出ない。だが、彼の瞳は真剣そのものだった。
ある日、学院で行われた模擬政務演習。
各国の代表が架空の国政を担い、外交・軍事・経済の采配を競うという、帝王学の総合実技だ。
演習はチーム対抗形式で、学院内の生徒たちが五人一組で国を運営する。
レオのチームには、これまで親しくなった仲間たち――ジーク、リオネル、フィリップ、カリーナが揃っていた。
レオは軍事担当として参加した。だが、最初に出した戦略案は、あまりにも単純だった。
「敵が来たら、叩く。それだけだ」
沈黙ののち、フィリップが静かに言った。
「それじゃ、国民が疲弊するよ。徴兵率が上がれば、農業も経済も崩れる」
リオネルが資料をめくりながら続ける。
「外交で回避できるかもしれない。敵国の補給線を断つ交渉カードもある」
ジークは腕を組んだまま、ぽつりとつぶやいた。
「俺が前線に出る。陽動になる」
「王太子が出るな」とカリーナが即座に制した。
「あなたが討たれたら、国は終わる。王は、動かす側にいなきゃだめ」
その言葉に、レオははっとした。
これまで“自分がどう戦うか”しか考えてこなかった。
だが今、目の前にはそれぞれの分野に長けた仲間がいて、彼らの知見が国を支えている。
「ジーク、陽動は頼む。だが無理はするな。撤退ルートを確保しておけ」
「リオネル、交渉案をまとめて。敵国の補給線を狙える条件を探ってくれ」
「フィリップ、兵力と物資の配分を再計算してくれ。持久戦になった場合の備えも」
「カリーナ、民衆の動向を見てくれ。徴兵と税制のバランスを調整したい」
レオの声には、迷いがなかった。
仲間の力を引き出し、采配する――それが王の役割なのだ。
一瞬の沈黙のあと、4人はそれぞれうなずいた。
その模擬政務演習では、レオたちの班が見事一位を獲得した。
軍事・外交・経済のバランスに優れ、民意の安定度も高く、教授陣からは「実戦でも通用する」と評価された。
留学の終盤、レオは学院の中庭で空を見上げた。
帝国の空は広く、風は冷たい。だが、胸の奥には確かな熱が灯っていた。
彼らと過ごした日々が、レオの中に確かな軸を築いていた。
この一年で得たものは、きっとこれからの自分を支えてくれる。
筋肉だけでは守れないものがある。
動かす力、選ばせる力――それこそが王の責務なのだと、胸に刻まれていく。




