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三題噺  作者:
2025年9月

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45/50

「スパイス」「野球」「ブランコ」

【足りないスパイス、足りてるスパイス】


 夕焼けがオレンジ色の雲をにじませる町の公園。

 空を切るように、古びたブランコのきしむ音が響く。

 中学三年の真希は、学校帰りにいつもここで時間をつぶしていた。

 野球部の練習を終えたばかりの幼なじみ、れんが、砂のついたユニフォームのまま駆けてくるのを待つために。


 金属チェーンが軋んだ音を立てた瞬間、砂ぼこりを蹴散らして蓮が現れた。

 「ごめん、今日も遅くなった」

 額に汗が光る。

 「打撃練習が長引いてさ。スパイスが足りない打席ばっかで、監督にしごかれた」

 真希は笑う。

 「野球にスパイス?」

 「ほら、調味料みたいに、ちょっとした刺激がないと味気ないってこと」


 蓮はブランコの鎖をつかみ、並んで腰を下ろした。

 砂に残った靴跡から、練習の激しさが伝わってくる。

 「スパイスって……例えば?」

 「大胆さとか。思い切ってバットを振る勇気」

 蓮は息をつきながら、遠くの空を見上げた。


 真希は彼の横顔を盗み見て、胸がチクリとした。

 彼が野球に打ち込む姿は好きだった。

 けれどその“大胆さ”が、いつか自分から彼を遠ざける予感もある。


 蓮がふいに笑った。

 「真希の弁当の卵焼き、あれもスパイス効いてるよな。醤油じゃなくて何入れてんの?」

 「え、秘密」

 頬が熱くなる。実は少しだけカレー粉を混ぜている。

 父が教えてくれた“ほんのり香る秘密の味”だ。


 風が吹き、ブランコがゆらりと揺れた。

 鎖が夕陽を反射し、二人の影を長く伸ばしていく。


 「来週、地区予選なんだ」

 蓮がぽつりと呟いた。

 「勝ったら、きっと景色が変わる。俺……その先も野球を続けたい」

 真希はゆっくりと頷いた。

 「応援する。全力で」


 蓮が真希をまっすぐ見つめ、少し笑った。

 「お前のスパイスが一番効くんだ。あの卵焼き、また頼む」


 夕焼けが紫に溶け始めた空の下、二人のブランコだけが、調味料のように甘く、少し切ない風をはらんで揺れていた。

連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。


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