「スパイス」「野球」「ブランコ」
【足りないスパイス、足りてるスパイス】
夕焼けがオレンジ色の雲をにじませる町の公園。
空を切るように、古びたブランコのきしむ音が響く。
中学三年の真希は、学校帰りにいつもここで時間をつぶしていた。
野球部の練習を終えたばかりの幼なじみ、蓮が、砂のついたユニフォームのまま駆けてくるのを待つために。
金属チェーンが軋んだ音を立てた瞬間、砂ぼこりを蹴散らして蓮が現れた。
「ごめん、今日も遅くなった」
額に汗が光る。
「打撃練習が長引いてさ。スパイスが足りない打席ばっかで、監督にしごかれた」
真希は笑う。
「野球にスパイス?」
「ほら、調味料みたいに、ちょっとした刺激がないと味気ないってこと」
蓮はブランコの鎖をつかみ、並んで腰を下ろした。
砂に残った靴跡から、練習の激しさが伝わってくる。
「スパイスって……例えば?」
「大胆さとか。思い切ってバットを振る勇気」
蓮は息をつきながら、遠くの空を見上げた。
真希は彼の横顔を盗み見て、胸がチクリとした。
彼が野球に打ち込む姿は好きだった。
けれどその“大胆さ”が、いつか自分から彼を遠ざける予感もある。
蓮がふいに笑った。
「真希の弁当の卵焼き、あれもスパイス効いてるよな。醤油じゃなくて何入れてんの?」
「え、秘密」
頬が熱くなる。実は少しだけカレー粉を混ぜている。
父が教えてくれた“ほんのり香る秘密の味”だ。
風が吹き、ブランコがゆらりと揺れた。
鎖が夕陽を反射し、二人の影を長く伸ばしていく。
「来週、地区予選なんだ」
蓮がぽつりと呟いた。
「勝ったら、きっと景色が変わる。俺……その先も野球を続けたい」
真希はゆっくりと頷いた。
「応援する。全力で」
蓮が真希をまっすぐ見つめ、少し笑った。
「お前のスパイスが一番効くんだ。あの卵焼き、また頼む」
夕焼けが紫に溶け始めた空の下、二人のブランコだけが、調味料のように甘く、少し切ない風をはらんで揺れていた。
連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。
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