表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三題噺  作者:
2025年9月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/50

「梨」「野良犬」「商売繁盛」

【招き犬】



 真夏の午後、商店街の外れにある小さな果物店「たかはし果樹園」は、いつもより早く暖簾を出していた。

 店主の孝夫は、今年初めての梨を並べ終えると、額の汗をぬぐった。

 青く透きとおる皮に水滴が光り、ほのかに甘い香りが漂う。


 去年は台風で収穫が激減し、店は赤字すれすれ。

 今年も天候不順が続き、内心は不安だらけだ。

 それでも梨の出来は上々。

 「これで少しは商売繁盛につながれば……」

 独り言のように、孝夫は棚を見渡した。


 ふと視線の先、店先のベンチに一匹の野良犬が座っていた。

 中型の雑種で、茶色の毛はところどころ泥で固まっている。

 痩せてはいるが、目だけは澄んでいて、じっとこちらを見つめていた。


 「おまえ、どこから来たんだ」

 孝夫が声をかけても、犬は耳だけ動かす。

 追い払う気にはなれず、裏口から水を入れたボウルを持ってきて差し出した。

 犬は小さく尻尾を振り、水を音も立てずに飲み干した。


 その日以来、野良犬は毎日やって来る。

 客たちは「看板犬だね」と笑い、買い物ついでに犬へ声をかけたり、子どもたちは撫でたりしていった。

 店は不思議とにぎわい始め、梨の評判も広まっていく。


 ある晩、商店街の寄り合いで、隣の八百屋が孝夫に言った。

 「最近、あんたんとこ、やけに客が増えたな。あの犬のおかげじゃないか?」

 孝夫は笑って肩をすくめた。

 確かに、犬が来てから売り上げは倍近く。

 店の前には「商売繁盛」と書かれた赤い紙札を貼る客まで現れた。


 秋の終わり、梨の季節が終盤を迎えたある日。

 犬はいつもの時間になっても現れなかった。

 孝夫は胸の奥が急に空っぽになったような感覚を覚えた。

 翌朝も、翌晩も犬は来ない。


 一週間後、最後の梨を並べ終えた頃、店先に一人の若い女性が立っていた。

 彼女の足元には、あの野良犬が静かに座っている。

 「この子、やっと見つけました。迷子だったんです」

 女性は深々と頭を下げた。

 犬は孝夫の方を振り返り、尻尾を一度だけ振った。


 孝夫は胸が熱くなった。

 「元気でな」

 言葉がそれだけしか出てこない。


 犬と女性が去った後、店内には一瞬だけ寂しさが漂った。

 しかし次の瞬間、常連客が笑顔で入ってきて言う。

 「今年の梨、最高だったよ。また来年も頼むよ」


 孝夫は空を見上げ、どこかで走っているであろうあの犬を思った。

 ――商売繁盛は、きっとまだ続く。

連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。


感想や評価お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ