表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三題噺  作者:
2025年9月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/50

「そうめん」「夕顔」「自然災害」

【夕顔を流れる日】


 八月の終わり、山あいの集落はむせかえるような蒸気に包まれていた。

 佳代は縁側で、冷水に泳ぐ白いそうめんを竹の箸ですくい上げる。氷がきらりと陽を跳ね返すたび、短い夏がもう一歩、終わりへ近づいているように思えた。


 庭先の棚には夕顔の花が咲いている。日が落ちかけるころ、薄紫がかった白い花びらが、ほんのりと甘い匂いを漂わせながら開き始める。それは毎年、佳代が一番好きな時間だった。


 ラジオから、気象庁の警報が流れたのは、その時だ。

 「記録的豪雨の恐れがあります。川の増水に警戒を——」


 佳代は箸を置き、耳を澄ます。ここ十年、台風や大雨が珍しくなくなった。昨年は山崩れで隣村が孤立し、親戚の家が土砂に飲まれたばかりだ。

 それでも、夕顔は淡々と花を開き続ける。自然の脅威と美しさは、同じ手で世界を撫でているのだ。


 その夜、雨が狂ったように降った。

 電線がうなり、川の水音が家を震わせる。

 佳代は家族と共に高台の集会所へ避難した。暗闇の中、濁流に光る稲妻を見ながら、頭の奥でそうめんの白さと夕顔の匂いが何度も蘇る。

 ——昨日まで確かにあった静かな日々。


 明け方、雨は嘘のように止んだ。

 家に戻ると、庭の夕顔は無残に倒れていた。棚も、花も、泥にまみれている。

 佳代は膝をつき、指で花びらをそっと拾い上げた。濡れた白は、朝の光に淡く透けている。


 家の中は幸い大きな被害がなかった。台所で残っていたそうめんを茹でながら、佳代はふと笑った。

 生きて戻った者が、今日の空腹を満たすためにすする細い麺。

 その味は、あの夕顔の甘やかな香りと同じく、二度と同じものではないだろう。


 箸を持つ指先に、泥の感触がまだ残っている。

 自然は奪いも与えもする。

 それでも人は、生きて、食べて、花を愛でる。


 佳代は窓の外を見た。

 壊れた棚の隅に、小さな芽がもう一度、空へ向かって伸び始めていた。

連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。


感想や評価お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ