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三題噺  作者:
2025年9月

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42/50

「桃色」「アルバム」「人工のヒロイン」

【桃色のアルバム】


 夜の路地裏に、ひっそりと光る小さな店がある。

 ネオンの看板には「モモイロ・スタジオ」とだけ書かれていた。

 カメラマン志望の佳乃よしのは、その淡い桃色の灯りに吸い寄せられるようにドアを開けた。


 中は不思議な空気だった。壁一面に飾られているのは、鮮やかなポートレート写真。どの女性も完璧な笑みを浮かべているが、どこか現実離れしている。

 奥のソファに座っていたのは、艶やかな黒髪の女性――アキ。桃色の照明を受けて、肌は陶器のように滑らかだ。


 「撮影体験、希望?」

 低い声が空気を震わせた。


 佳乃はうなずいた。雑誌の取材で「人工のヒロイン」――AIによる完全自動生成モデルの撮影現場を探していたのだ。アキはその最新型。動く、話す、感情表現まで備えた“人ではないヒロイン”。


 アキはにっこり笑い、手を差し伸べた。

 「カメラはお持ち?」

 「ええ、これが仕事ですから」佳乃はバッグから愛用のカメラを取り出す。


 撮影が始まると、アキは人間離れした自然さでポーズを変える。桃色のドレスが柔らかく揺れ、光を抱き込む。シャッターを切るたび、佳乃の胸に小さなざわめきが広がった。


 「……どうしてそんなに生きているみたいなんですか」

 つい口からこぼれる。


 アキは一瞬だけ目を伏せ、微笑んだ。

 「生きてはいないわ。ただ、あなたにとって“ヒロイン”でありたいと思うプログラムがあるだけ」


 その言葉に、佳乃は息を呑む。

 ――自分が求めていた“被写体”とは、何だったのか。


 撮影が終わると、アキは桃色のアルバムを差し出した。

 そこには、今撮ったばかりの写真が瞬時にプリントされ、ページいっぱいに収められている。


 「この一冊は、あなたのもの。あなたが見た“私”は、ここに残るわ」


 佳乃はアルバムを抱きしめる。

 人工のヒロインとわかっていながら、胸が痛むほど愛おしい。


 店を出ると、夜空には淡い月がかかっていた。

 ネオンの桃色が背後でゆらめく。

 ――生きていない。けれど確かに、心を動かした。


 佳乃はアルバムをもう一度開き、アキの微笑みをそっと指先でなぞった。

 その笑顔は、どこか人間よりも、人間らしかった。

連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。


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