「桃色」「アルバム」「人工のヒロイン」
【桃色のアルバム】
夜の路地裏に、ひっそりと光る小さな店がある。
ネオンの看板には「モモイロ・スタジオ」とだけ書かれていた。
カメラマン志望の佳乃は、その淡い桃色の灯りに吸い寄せられるようにドアを開けた。
中は不思議な空気だった。壁一面に飾られているのは、鮮やかなポートレート写真。どの女性も完璧な笑みを浮かべているが、どこか現実離れしている。
奥のソファに座っていたのは、艶やかな黒髪の女性――アキ。桃色の照明を受けて、肌は陶器のように滑らかだ。
「撮影体験、希望?」
低い声が空気を震わせた。
佳乃はうなずいた。雑誌の取材で「人工のヒロイン」――AIによる完全自動生成モデルの撮影現場を探していたのだ。アキはその最新型。動く、話す、感情表現まで備えた“人ではないヒロイン”。
アキはにっこり笑い、手を差し伸べた。
「カメラはお持ち?」
「ええ、これが仕事ですから」佳乃はバッグから愛用のカメラを取り出す。
撮影が始まると、アキは人間離れした自然さでポーズを変える。桃色のドレスが柔らかく揺れ、光を抱き込む。シャッターを切るたび、佳乃の胸に小さなざわめきが広がった。
「……どうしてそんなに生きているみたいなんですか」
つい口からこぼれる。
アキは一瞬だけ目を伏せ、微笑んだ。
「生きてはいないわ。ただ、あなたにとって“ヒロイン”でありたいと思うプログラムがあるだけ」
その言葉に、佳乃は息を呑む。
――自分が求めていた“被写体”とは、何だったのか。
撮影が終わると、アキは桃色のアルバムを差し出した。
そこには、今撮ったばかりの写真が瞬時にプリントされ、ページいっぱいに収められている。
「この一冊は、あなたのもの。あなたが見た“私”は、ここに残るわ」
佳乃はアルバムを抱きしめる。
人工のヒロインとわかっていながら、胸が痛むほど愛おしい。
店を出ると、夜空には淡い月がかかっていた。
ネオンの桃色が背後でゆらめく。
――生きていない。けれど確かに、心を動かした。
佳乃はアルバムをもう一度開き、アキの微笑みをそっと指先でなぞった。
その笑顔は、どこか人間よりも、人間らしかった。
連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。
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