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三題噺  作者:
2025年9月

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40/50

「コーヒーショップ」「パソコン」「欺く」

【午後三時の影】


 午後三時。

 窓際のコーヒーショップは、琥珀色の陽に包まれていた。

 カウンターの奥では、豆を挽く小気味よい音がリズムを刻み、低く流れるジャズがゆるやかに時を溶かす。


 美月はノートパソコンを広げ、黒い画面に映る自分の目をじっと見つめた。

 カーソルは点滅している。

 だが、書きかけの原稿は一文字も進まない。


 彼女はフリーのライターだ。

 今日中に提出すべき記事がある。

 「都市型カフェの最前線」。

 取材も終え、構成も決めてある。

 なのに指が動かない。


 ――通知が来た。

 メッセージアプリの小さなバッジが赤く光る。

 送り主は、かつての同僚、そして今は広告代理店の売れっ子ディレクターとなったひいらぎだった。


「美月、例の仕事、俺がやったことにしておいてくれない?」




 美月は眉をひそめる。

 「例の仕事」とは、先月二人で受けたコラボ企画。

 企画案も記事の下書きも、美月がほとんど仕上げたものだ。


「クライアントには俺が出した案って伝えちゃったから。悪いけど」




 美月は深呼吸した。

 柊は昔からこうだ。

 要領が良く、笑顔が武器。

 だが、肝心なところで必ず誰かを欺く。


 カップのコーヒーは、いつのまにかぬるくなっていた。

 ミルクの膜が薄い虹色に光っている。

 美月はゆっくり口をつけ、そしてパソコンを閉じた。


 彼女はただ黙ってはいられなかった。

 メールを新規作成し、クライアントの担当者のアドレスを打ち込む。

 「今回の提案と記事構成について、実作業を担当したのは私です」

 指が震えた。

 送信ボタンの赤いアイコンが、心臓の鼓動と同じ速さで明滅する。


 そのとき、カウンター越しにマスターが声をかけた。

 「今日も仕事、大変そうだね」

 美月は小さく笑った。

 「ええ、でも……いいコーヒーのおかげで踏ん張れます」


 マスターは頷き、窓の外に視線をやった。

 春の光が街路樹を金色に染めている。

 欺かれるたび、心がすり減る。

 でも、今日だけは自分を欺かない。


 美月はキーを叩いた。

 送信。

 静かな音が、遠い雷鳴のように胸に響いた。


 ――午後三時の影は、いつのまにか長く伸びていた。

 彼女の心にも、確かな光が射し込んでいた。



連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。


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