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三題噺  作者:
2025年9月

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38/50

「移動要塞」「怪談」「穿つ」

【移動要塞の怪談】


 それは「動く街」と呼ばれていた。

 鉄と歯車で組まれた巨大な移動要塞ヴァルムは、大地を轟音と共に進み続ける。内部には市場があり、学校があり、兵舎があり、まるでひとつの都市そのものだった。人々はその背に暮らし、外界の荒野を恐れながらも、要塞の内部に小さな日常を築いていた。


 しかし、どんな都市にも「噂」はある。

 そして移動要塞ヴァルムには、一つの怪談が囁かれていた。


 ──要塞の中心部、封鎖された弓兵隊の旧訓練場に、夜な夜な亡霊が現れる。

 それは、戦場で果てた兵士の怨念だと。



---


 リオはまだ少年だった。父は要塞の外装を修繕する整備士で、母は小さな食堂を営んでいる。

 学校帰り、彼は友人たちと「怪談」の話で盛り上がっていた。


「なあ、聞いたか? 夜の訓練場に行くと、壁に突き刺さった“黒い矢”が見えるんだってさ」

「それに触れると、心臓を貫かれて死ぬんだろ?」

「いや、魂を穿たれるんだよ」


 皆が怯えながらも、目を輝かせて語る。

 リオも怖かった。だが、その怖さの奥には、抑えきれない好奇心があった。


 その晩、リオは一人で要塞の中心部へと忍び込んだ。

 錆びた鉄扉を押し開けると、薄暗い訓練場が広がっていた。壁は崩れ、床には砕けた木製の的が散らばっている。

 そして──本当にあった。

 壁に、漆黒の矢が一本、深々と突き刺さっているのが。


 リオは息を呑んだ。矢は微かに光を帯び、周囲の闇を拒むように輝いていた。

 彼は無意識に近づき、指先を伸ばした。触れたい。確かめたい。

 その瞬間──。


「触れるな」


 低い声が背後から響いた。

 振り返ると、そこには壮年の男が立っていた。古びた軍服を纏い、背には弓を背負っている。

 リオは震えながら問いかけた。


「あなたは……誰?」

「俺は、この要塞に魂を残された者だ」


 男の名はセリウス。かつて《ヴァルム》の弓兵隊を率いていた将校だった。

 戦争のさなか、彼は要塞を守るために仲間と共に戦った。しかし敗北は必然であり、仲間は次々と命を落とし、自身も胸を矢で貫かれ果てたのだという。

 彼の魂は矢と共に訓練場に縫い止められ、今もなおここを彷徨っているのだ。


 リオは恐怖を忘れ、思わず口にした。

「じゃあ……どうして僕に姿を見せたの?」

「お前には、まだ未来があるからだ」


 セリウスの目は、深い悲しみに満ちていた。

 彼はリオに矢を見つめさせながら言った。


「この矢は“穿つ”ためにある。敵を、そして時に自分自身をもだ。……だが、お前には別の矢を放ってほしい。希望を射抜く矢を」


 そう言って、セリウスの姿は霧のように溶け、矢もまた光の粒となって消えていった。

 残されたのは、古びた弓だけだった。

 リオはそれを両手で握りしめ、涙が頬を伝った。



---


 それから年月が経った。

 少年は青年となり、移動要塞の兵士として歩み始めていた。

 腰には、あの夜に手に入れた弓。

 それは決してただの武器ではなく、彼に「未来を穿つ」覚悟を与えてくれるものだった。


 夜の訓練場の怪談は、やがて「亡霊が少年に弓を託した」という新しい物語へと変わり、人々の間で語り継がれることになった。


 そしてリオは歩み続ける。

 果てなき荒野の上を進む移動要塞と共に。

 かつて亡霊に憧れを抱いた少年が、今度は誰かにとって憧れとなるように──。


連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。


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