表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三題噺  作者:
2025年9月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/50

「廃駅」「カメラ」「嘘をつく」

【廃駅にて】


 山あいにある小さな廃駅は、春になると桜の花びらに埋もれる。線路はもう錆びて久しく、駅舎のガラスはところどころ割れている。けれど、そこだけ時間が止まったように、薄桃色の花が空を覆い尽くしていた。


 高橋陽介は、手にした古いカメラを構えながらため息をついた。父が遺した二眼レフ。レンズは曇っているし、シャッターの切れも悪い。それでも、ファインダーを覗けば不思議と胸がざわめく。


「ほんとに、ここで撮るの?」


 隣で問いかけるのは幼馴染の美紀だ。彼女は都会に就職していたが、久しぶりに実家へ戻ってきたのだという。


「うん。この廃駅、父さんが最後に撮ろうとしていた場所なんだ」

「最後に?」

「……まあ、そんなとこ」


 陽介は視線をそらし、桜を見上げた。父は写真家だった。だが家族には、どこか遠い存在だった。病に倒れる直前までカメラを持ち歩き、最後に残したメモには「桜の廃駅」とだけ記されていた。


 美紀はカメラをのぞき込むように顔を寄せた。

「へえ、まだ動くんだ。フィルムカメラなんて久しぶりに見た」

「修理屋に頼んだんだけど、完全には直らなかった。だから一枚でも写ればいい」


 シャッターを押す。カチリと、頼りない音。撮れたのかどうかもわからない。


 ふと、美紀が笑いを含んだ声で言った。

「ねえ、覚えてる? 私たち、子どものころにここで遊んでさ。ホームの柱に名前を彫ったんだよ」

「……ああ。あれ、まだ残ってるのかな」


 二人で駅舎の裏へ回ると、確かに柱に小さな文字が刻まれていた。

『ヨウスケ』『ミキ』。

子どもらしいぎこちない文字が、苔に覆われながらもしっかりと残っている。


「懐かしいな」

「ほんとだね。……でも、嘘ついてたんだ」


 美紀はぽつりとつぶやいた。


「え?」

「私ね、あのとき『ずっとここにいる』って言ったけど、結局都会に出ちゃった。……ごめん」

「そんなの嘘のうちに入らないよ。俺だって、都会に出たいとか言って結局出なかったし」


 陽介は笑ったが、胸の奥が痛んだ。父が遺した言葉を思い出したからだ。病床で、父は弱い声でこう言った。

『人は皆、どこかで嘘をついて生きてる。だが写真だけは正直なんだ』


 だから今、自分はここに立っている。嘘をつく人間を責める気はない。むしろ、その嘘を受け止めたうえで「正直な一瞬」を残したいと思った。


「美紀」

「なに?」

「もう一度、ここで撮ろう。俺と、お前と、この廃駅と」


 陽介は古いカメラを構えた。桜の花びらが舞い、美紀が少し照れたように瞬きをする。その一瞬を、カチリとシャッターが切り取った。


 現像できるかどうかはわからない。それでも陽介は確信していた。あの一枚には、父が残したかった「真実」が映っているはずだと。

連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。


感想や評価お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ