「廃駅」「カメラ」「嘘をつく」
【廃駅にて】
山あいにある小さな廃駅は、春になると桜の花びらに埋もれる。線路はもう錆びて久しく、駅舎のガラスはところどころ割れている。けれど、そこだけ時間が止まったように、薄桃色の花が空を覆い尽くしていた。
高橋陽介は、手にした古いカメラを構えながらため息をついた。父が遺した二眼レフ。レンズは曇っているし、シャッターの切れも悪い。それでも、ファインダーを覗けば不思議と胸がざわめく。
「ほんとに、ここで撮るの?」
隣で問いかけるのは幼馴染の美紀だ。彼女は都会に就職していたが、久しぶりに実家へ戻ってきたのだという。
「うん。この廃駅、父さんが最後に撮ろうとしていた場所なんだ」
「最後に?」
「……まあ、そんなとこ」
陽介は視線をそらし、桜を見上げた。父は写真家だった。だが家族には、どこか遠い存在だった。病に倒れる直前までカメラを持ち歩き、最後に残したメモには「桜の廃駅」とだけ記されていた。
美紀はカメラをのぞき込むように顔を寄せた。
「へえ、まだ動くんだ。フィルムカメラなんて久しぶりに見た」
「修理屋に頼んだんだけど、完全には直らなかった。だから一枚でも写ればいい」
シャッターを押す。カチリと、頼りない音。撮れたのかどうかもわからない。
ふと、美紀が笑いを含んだ声で言った。
「ねえ、覚えてる? 私たち、子どものころにここで遊んでさ。ホームの柱に名前を彫ったんだよ」
「……ああ。あれ、まだ残ってるのかな」
二人で駅舎の裏へ回ると、確かに柱に小さな文字が刻まれていた。
『ヨウスケ』『ミキ』。
子どもらしいぎこちない文字が、苔に覆われながらもしっかりと残っている。
「懐かしいな」
「ほんとだね。……でも、嘘ついてたんだ」
美紀はぽつりとつぶやいた。
「え?」
「私ね、あのとき『ずっとここにいる』って言ったけど、結局都会に出ちゃった。……ごめん」
「そんなの嘘のうちに入らないよ。俺だって、都会に出たいとか言って結局出なかったし」
陽介は笑ったが、胸の奥が痛んだ。父が遺した言葉を思い出したからだ。病床で、父は弱い声でこう言った。
『人は皆、どこかで嘘をついて生きてる。だが写真だけは正直なんだ』
だから今、自分はここに立っている。嘘をつく人間を責める気はない。むしろ、その嘘を受け止めたうえで「正直な一瞬」を残したいと思った。
「美紀」
「なに?」
「もう一度、ここで撮ろう。俺と、お前と、この廃駅と」
陽介は古いカメラを構えた。桜の花びらが舞い、美紀が少し照れたように瞬きをする。その一瞬を、カチリとシャッターが切り取った。
現像できるかどうかはわからない。それでも陽介は確信していた。あの一枚には、父が残したかった「真実」が映っているはずだと。
連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。
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