「コンビニ」「手紙」「目をそらす」
【夜のコンビニに明かりが灯る】
夜十一時を過ぎても、駅前のコンビニの明かりは変わらず白々と街を照らしていた。
亮はバイトの制服を着たまま、レジに立っている。眠気はとっくに通り過ぎ、頭は冴えているのに、体だけがどんよりと重かった。深夜シフトが三日続くと、まるで自分が昼と夜を取り違えた生き物になった気がする。
自動ドアが音もなく開いた。入ってきたのは見覚えのある背中だった。
スーツの背中、やや猫背。左手でスマホを握りしめ、右手には安物の革鞄。
「……親父」
声は出さず、亮は心の中でつぶやいた。
父親がこのコンビニに来るのは初めてだった。駅から自宅に戻る道は逆方向で、寄る必要もない。なのに今日は足がこちらに向いたらしい。
父は雑誌コーナーの前で立ち止まり、何冊かを手に取っては戻す。結局、スポーツ新聞を一部、無造作に小脇に抱えた。
レジに向かって歩いてくる。亮はレジ画面を見つめたまま、気づかないふりをしようとした。
「いらっしゃいませ」
自動的に声が出る。父が目の前に立った。
「これ」
スポーツ新聞が差し出される。
「……百五十円です」
亮は極力、視線を合わせないように釣り銭を渡した。父も同じように目をそらした。
それだけで会話は終わるはずだった。
だが父は新聞を受け取ると、しばらく立ち止まった。口を開きかけては閉じる。その仕草に、亮は思わず呼吸を止めた。
結局、父は何も言わず、無言のまま自動ドアを出ていった。
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翌日の夕方。
シフト終わりに事務所から出ると、休憩スペースのテーブルに一通の封筒が置かれていた。表には拙い字で「亮へ」とだけ書かれている。
中を開けると、紙切れ一枚。
> 亮へ
昨夜は驚いた。バイトをしているのは母さんから聞いていたが、まさかあの店だとは思わなかった。
まともに顔を見られなくてすまなかった。
もしよければ、今度少し話せないか。
―父
手紙を握ると、指先が震えた。
父とは半年以上まともに口をきいていない。大学を中退すると言ったとき、父は烈火のごとく怒った。勘当同然で家を飛び出し、今はこのアパート暮らしと深夜バイト。母が時折連絡をくれるが、父とは音信不通だった。
手紙を胸ポケットにしまい、亮はしばらく天井を見上げて立ち尽くした。
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三日後、父が再びコンビニに現れた。
その日は客が途切れ、レジ前には二人きり。父はレジ横のガムを一つ手に取り、差し出した。
「……これ」
「百二十円です」
釣り銭を渡すとき、父が不意に言った。
「手紙、読んだか」
亮は思わず目をそらした。だが頷くだけはした。
「明日の夜、駅前の喫茶店に来てくれないか」
父は短く言い、ガムをポケットに押し込み、また去っていった。
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翌夜。
指定された喫茶店は、昔から変わらず古びていた。父と一緒に通った記憶が蘇る。野球観戦の帰り、アイスコーヒーとクリームソーダを頼んだ夏の日。
テーブルには既に父が座っていた。
「……よく来たな」
「母さんに言われたからじゃない」
「いや、自分で決めた」
亮は無言でコーヒーを口にした。父の視線が突き刺さる。
「亮……お前のことを、責めすぎた」
父の声は震えていた。
「大学を辞めるって言ったとき、俺は自分の価値観を押しつけた。俺自身が大学出て会社に入って、ずっとその道しか知らなかったから。だが、お前にはお前の生き方がある。……それを認められなかった」
亮は返す言葉を持たなかった。半年ぶりに聞く父の本音は、心に刺さった。
「それに……母さんから聞いた。お前、夜勤のあとも眠らずに絵を描いているんだろ」
亮は驚き、思わず父を見た。
「画家になりたいんだろう」
亮は唇を噛んだ。父に隠してきた夢だった。
父はゆっくりと続けた。
「俺は、応援したい。すぐに許してほしいとは言わん。ただ、もう目をそらすのはやめたいんだ」
店内の時計が、静かに針を刻む。
亮はコーヒーを飲み干した。胸の奥が少しずつほどけていくのを感じた。
「……じゃあ、まずは見せるよ。俺の描いた絵」
亮の声は震えていたが、確かに届いた。
父は深く頷き、初めて息子と正面から目を合わせた。
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夜の街に出ると、まだコンビニの灯りが遠くに見えた。
あの白々とした光の下で交わされた沈黙が、今ようやく言葉へと変わったのだと思うと、亮は足取りを軽くした。
これから何度もぶつかるだろう。けれど、もうお互いに目をそらすことはない。
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連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。
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