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三題噺  作者:
2025年8月

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19/50

「コンビニ」「手紙」「目をそらす」

【夜のコンビニに明かりが灯る】


 夜十一時を過ぎても、駅前のコンビニの明かりは変わらず白々と街を照らしていた。

 亮はバイトの制服を着たまま、レジに立っている。眠気はとっくに通り過ぎ、頭は冴えているのに、体だけがどんよりと重かった。深夜シフトが三日続くと、まるで自分が昼と夜を取り違えた生き物になった気がする。


 自動ドアが音もなく開いた。入ってきたのは見覚えのある背中だった。

 スーツの背中、やや猫背。左手でスマホを握りしめ、右手には安物の革鞄。

「……親父」

 声は出さず、亮は心の中でつぶやいた。


 父親がこのコンビニに来るのは初めてだった。駅から自宅に戻る道は逆方向で、寄る必要もない。なのに今日は足がこちらに向いたらしい。


 父は雑誌コーナーの前で立ち止まり、何冊かを手に取っては戻す。結局、スポーツ新聞を一部、無造作に小脇に抱えた。

 レジに向かって歩いてくる。亮はレジ画面を見つめたまま、気づかないふりをしようとした。


「いらっしゃいませ」

 自動的に声が出る。父が目の前に立った。

「これ」

 スポーツ新聞が差し出される。

「……百五十円です」

 亮は極力、視線を合わせないように釣り銭を渡した。父も同じように目をそらした。


 それだけで会話は終わるはずだった。

 だが父は新聞を受け取ると、しばらく立ち止まった。口を開きかけては閉じる。その仕草に、亮は思わず呼吸を止めた。


 結局、父は何も言わず、無言のまま自動ドアを出ていった。



---


 翌日の夕方。

 シフト終わりに事務所から出ると、休憩スペースのテーブルに一通の封筒が置かれていた。表には拙い字で「亮へ」とだけ書かれている。


 中を開けると、紙切れ一枚。


> 亮へ

昨夜は驚いた。バイトをしているのは母さんから聞いていたが、まさかあの店だとは思わなかった。

まともに顔を見られなくてすまなかった。

もしよければ、今度少し話せないか。

―父




 手紙を握ると、指先が震えた。

 父とは半年以上まともに口をきいていない。大学を中退すると言ったとき、父は烈火のごとく怒った。勘当同然で家を飛び出し、今はこのアパート暮らしと深夜バイト。母が時折連絡をくれるが、父とは音信不通だった。


 手紙を胸ポケットにしまい、亮はしばらく天井を見上げて立ち尽くした。



---


 三日後、父が再びコンビニに現れた。

 その日は客が途切れ、レジ前には二人きり。父はレジ横のガムを一つ手に取り、差し出した。


「……これ」

「百二十円です」


 釣り銭を渡すとき、父が不意に言った。

「手紙、読んだか」


 亮は思わず目をそらした。だが頷くだけはした。


「明日の夜、駅前の喫茶店に来てくれないか」

 父は短く言い、ガムをポケットに押し込み、また去っていった。



---


 翌夜。

 指定された喫茶店は、昔から変わらず古びていた。父と一緒に通った記憶が蘇る。野球観戦の帰り、アイスコーヒーとクリームソーダを頼んだ夏の日。


 テーブルには既に父が座っていた。

「……よく来たな」

「母さんに言われたからじゃない」

「いや、自分で決めた」


 亮は無言でコーヒーを口にした。父の視線が突き刺さる。


「亮……お前のことを、責めすぎた」

 父の声は震えていた。

「大学を辞めるって言ったとき、俺は自分の価値観を押しつけた。俺自身が大学出て会社に入って、ずっとその道しか知らなかったから。だが、お前にはお前の生き方がある。……それを認められなかった」


 亮は返す言葉を持たなかった。半年ぶりに聞く父の本音は、心に刺さった。


「それに……母さんから聞いた。お前、夜勤のあとも眠らずに絵を描いているんだろ」

 亮は驚き、思わず父を見た。


「画家になりたいんだろう」

 亮は唇を噛んだ。父に隠してきた夢だった。


 父はゆっくりと続けた。

「俺は、応援したい。すぐに許してほしいとは言わん。ただ、もう目をそらすのはやめたいんだ」


 店内の時計が、静かに針を刻む。

 亮はコーヒーを飲み干した。胸の奥が少しずつほどけていくのを感じた。


「……じゃあ、まずは見せるよ。俺の描いた絵」

 亮の声は震えていたが、確かに届いた。


 父は深く頷き、初めて息子と正面から目を合わせた。



---


 夜の街に出ると、まだコンビニの灯りが遠くに見えた。

 あの白々とした光の下で交わされた沈黙が、今ようやく言葉へと変わったのだと思うと、亮は足取りを軽くした。


 これから何度もぶつかるだろう。けれど、もうお互いに目をそらすことはない。



---

連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。


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