「田舎町」「恒星」「聴く」
【恒星の声】
夜明け前、山に囲まれた鄙びた田舎町は、まだ眠りの底にあった。
舗装の剥がれた細い道路を、犬の鳴き声だけが渡っていく。閉ざされた商店のシャッターは錆びに赤茶け、駅前のロータリーには動かない時計台が取り残されている。ここは、誰にとっても「過去」にしか見えない町だった。
しかし、空だけは違っていた。
濃い群青の夜を割って、東の空にひときわ強く光る恒星が姿を現す。町の人々はそれを「目印の星」と呼んでいた。漁に出る者は星を仰ぎ、受験生は願掛けをし、酔った大人は酒場の帰り道にその光を頼りに歩いた。町に残るわずかな誇りが、遠い空から降り注いでいるようだった。
高校二年の朝倉透は、布団から抜け出すと、毎朝その恒星を窓から眺めるのを習慣にしていた。
都会に出たきり帰ってこない父、黙々と畑を耕す母。誰もがこの町を見限ろうとする中で、透だけはその光を「まだ何かが残っている証」だと信じたかった。
耳を澄ますと、静寂の底からわずかな音が聴こえてくる。
それはラジオから漏れる古い放送の声のようでもあり、夜風が柱を軋ませる音のようでもある。透は毎朝、その音を「聴く」ことで一日を始めた。彼にとっては星と同じ、町の鼓動のようなものだった。
――だが、その朝は違った。
空に浮かぶ恒星の輝きが、いつもよりも赤く脈打って見えたのだ。まるでこちらをじっと見返し、何かを告げようとしているかのように。
同時に、耳にした音がはっきり言葉になった。
「聴こえるか……」
透は息を呑み、振り返った。部屋には誰もいない。
ただ、町全体が眠り続けているはずのその瞬間に、彼だけが何かに呼びかけられた気がした。
そしてその呼び声は、透の平凡な日常を終わらせ、鄙びた田舎町を物語の舞台へと変えていく始まりだった。
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