「水たまり」「ホットパンツ」「覗く」
【雨上がりの水たまり】
梅雨の切れ間、ようやく雨が上がったばかりの商店街を、悠太は小走りで駆け抜けていた。アスファルトのあちこちに水たまりができ、空を映して揺れている。傘を持たずに出たことを少し後悔していたが、思いのほか空は青く、日差しも戻ってきていた。
彼が向かっていたのは、駅前の小さなカフェだった。数年前まで古びた文具店だったが、若い女性が改装して店を開き、いまや商店街の中で一番の人気スポットになっている。その店で今日、彼はどうしても会わなければならない人がいた。
店のガラス戸を押し開けると、すでに彼女は座っていた。
――紗英。
中学の同級生で、かつては隣の席に座っていた少女。今は都会の専門学校に通い、久しぶりに地元へ戻ってきたと聞いていた。
「やっと来たね、悠太」
振り返った彼女は、短いホットパンツに白いシャツというラフな格好をしていた。梅雨明けを思わせる解放感と、都会で磨かれた雰囲気をまとっていて、かつての「おさげの隣の子」とはまるで違って見えた。
「悪い、バイトが長引いてさ」
悠太は息を整えながら席に着いた。心臓の鼓動が妙にうるさく、自分でも落ち着かない。
「ここのカフェ、初めて来たけどオシャレだね。あの文房具屋が、こんなふうになるなんて思わなかった」
紗英はストローをくわえてアイスコーヒーを揺らす。陽の光が彼女の脚を照らし、ホットパンツの裾から伸びる細い脚に、悠太は目を逸らさずにはいられなかった。
「……何、見てんの?」
からかうような目。
「いや、別に」
「ふふ、やっぱり悠太って変わってないね。すぐ顔に出る」
頬が熱くなった。都会に出た彼女と、地元で足踏みを続けている自分。その差が、彼女のホットパンツ一つであからさまに突きつけられる気がして、情けなくなる。
話題を変えようと、悠太はわざと窓の外を覗いた。
外では子どもたちが、水たまりに映る空を踏みつけてはしゃいでいる。水が飛び散り、光が反射し、小さな虹がかかる。その光景に、一瞬だけ心が和らいだ。
「ねえ、覚えてる?」
紗英が不意に言った。
「中学の帰り道、雨上がりに水たまりを飛び越えようとして、私が転んだこと」
もちろん覚えていた。制服のスカートが泥まみれになり、泣きそうな顔をした紗英を、悠太が必死でなぐさめたあの日。彼女は笑いながら続けた。
「あのとき悠太、カバンで水を隠してくれたんだよね。先生に見られたら怒られるからって」
「……そんなこともあったな」
「うん。あのときね、すごく嬉しかったんだ」
彼女の声色が少しだけ真剣になる。
「私ね、あの日から悠太に――」
言葉が途切れた。カフェのドアが開き、誰かが入ってきたからだ。二人は思わずそちらを覗く。年配の女性で、ただコーヒーを買いに来ただけらしい。だが、さっきの続きを聞く勇気を、悠太はもう持てなかった。
「……紗英は、もう都会に戻るんだろ?」
話を逸らすと、彼女は少し残念そうに微笑んだ。
「うん。でもまた戻ってくるよ。ほら、私の実家、まだこっちにあるし」
窓の外では、夕陽が沈みかけていた。水たまりが赤く染まり、子どもたちの影が伸びる。
悠太は決心したように口を開いた。
「じゃあさ、次に戻ってきたときは、俺から声かけてもいいか?」
「……それって、デートのお誘い?」
「まあ、そんなとこ」
彼女は少し考えるふりをしてから、いたずらっぽく笑った。
「うん。ホットパンツじゃなくて、ワンピース着てきてあげる」
その一言で、悠太の胸に広がったのは、十年前の雨上がりと同じ、まぶしい光だった。
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