「ラジオ」「橋」「楽譜」
【ラジオは再び音を出す】
夏の夕暮れ、川面に映る光がゆらめき、橋の上を渡る風はじっとりと湿っていた。
陽介はその橋の欄干に腰を下ろし、膝に抱えた古いラジオをぼんやりと撫でていた。黒い塗装は剥げ落ち、ツマミはかすかに錆びついている。それでも、彼にとっては父の形見であり、今も耳を澄ませばかすかに雑音交じりの音楽を奏でる宝物だった。
「まだ持ってたんだ、それ」
振り返ると、そこに立っていたのは高校時代の友人、健一だった。十年ぶりの再会に、陽介は一瞬言葉を失った。
「お前、なんでここに」
「同じ質問を返すよ。ここでお前を見つけるなんて思ってなかった」
二人が並んで橋に立つと、蝉の声が遠ざかり、川面の音がやけに大きく聞こえた。
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十年前、この橋の上で二人は口論した。きっかけは些細なことだった。音楽を続けたい陽介と、安定を望む健一。夢を追うか、現実を見るか。互いの選んだ道を否定し合い、最後には「じゃあもういい」と背を向けた。
以来、連絡も取らず、時が過ぎた。
陽介は父を亡くし、音楽を諦め、工場で働きながらただ生きていた。健一は地元を離れ、都会で会社勤めをしていると風の噂に聞いた。
だから今日、彼がこの橋に立っていることが、奇跡のように思えた。
「覚えてるか」健一が口を開いた。「俺たち、ここで約束したよな」
「……約束?」
「二人で作った曲、いつか世に出そうってさ。あのラジオから流してやるんだって」
陽介は胸が締めつけられた。すっかり忘れていた記憶が、湿った風と共に蘇る。
「バカみたいだな」苦笑する。
「バカだよ。でも、あの頃は本気だった」
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沈黙が落ちる。
健一はシャツの胸ポケットから折れた楽譜の紙片を取り出した。そこには二人で書いたメロディの断片が残されていた。にじんだ文字、消えかけた五線譜。
「まだ、やり直せるんじゃないか」健一は言った。
「今さら……」陽介はラジオを抱きしめた。「俺にはもう、夢なんか……」
そのとき、ラジオが突然ノイズを発し、短い旋律を流した。父がよく聴いていた古い曲だった。
陽介は目を閉じる。父の声が胸の奥で響いた気がした。
――やりたいことをやれ。後悔だけはするな。
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「健一」
陽介はラジオを置き、深く息を吸った。
「もう一度、やってみよう。……あの約束を、今度こそ」
健一の顔に笑みが浮かぶ。「そうこなくちゃな」
二人は橋の上で握手を交わした。湿った風が吹き抜け、川のきらめきが二人を包んだ。
十年前に途切れた約束が、再び動き出す。
古いラジオは雑音を混ぜながら、それでも小さく音楽を奏で続けていた。
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