表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三題噺  作者:
2025年8月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/50

「雨」「写真」「再会」

【雨がもたらすもの】


 梅雨の夕暮れ、街を歩く人々は傘の下で足早に通り過ぎていく。水たまりに映るネオンの色は、にじんでぼやけ、どこか夢のようだった。


 佐伯健一は、駅前の古びた写真館の前で足を止めた。看板の文字は掠れ、今にも剥がれ落ちそうだ。窓越しに見えるのは、色褪せた家族写真のサンプル。昭和の笑顔が並んでいる。


 なぜここに来たのか。理由は一枚の古い写真だった。


 数日前、実家の押し入れを片付けていたとき、埃をかぶったアルバムの間から、小さな写真が出てきた。高校二年の文化祭。雨でグラウンドの企画が中止になり、代わりに教室で即席の喫茶店を開いた日のものだ。写っていたのは、クラスメイトたちの笑顔、そして――隣に並ぶ少女。


 白いブラウスに長い髪。健一の記憶に鮮やかに残る、篠原美沙子だった。


 初恋だった。

 しかし、卒業の直前に彼女は転校し、そのまま音信は途絶えた。



---


 写真館の扉を押すと、鈴の音がかすかに響いた。

 中はひんやりとした空気。湿った雨の匂いと、薬品のような現像液の匂いが混じっている。カウンターには白髪の店主が座り、眠たげに新聞をめくっていた。


「すみません、この写真、きれいにしていただけますか」


 健一はアルバムから写真を取り出し、差し出した。


 店主はルーペを当てて目を細める。

「ずいぶん昔のものですな。修復には時間がかかりますよ」


「大丈夫です。待ちますから」


 そう言って腰を下ろしたとき、店の奥から足音がした。


「お父さん、お客様?」


 現れた女性の声に、健一の心臓が跳ねた。

 傘を閉じたままのように、濡れた髪を後ろにまとめたその人は――紛れもなく、美沙子だった。



---


 時は残酷だ。彼女の頬には小さなしわが刻まれ、制服姿の面影は薄れていた。だが、笑ったときの目尻の形は、あの頃と同じだった。


「……健一くん?」


 驚きとためらいの入り混じった声。

 二十年ぶりの再会だった。


 ぎこちなく言葉を交わすうちに、時間は少しずつ巻き戻されていった。

 高校の思い出、文化祭の喫茶店で互いに出し合った下手なラテアートの話。

 雨の日に一緒に傘を差して帰ったこと。


「覚えてる? あの日、私……転校のこと、本当は伝えたかったの」


 美沙子は、修復中の写真を見つめながら言った。

「でも勇気がなくて。……だから、あの写真が最後になっちゃった」


 健一は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。

 自分もまた、彼女に伝えたい言葉を飲み込んだまま大人になってしまったのだ。



---


 雨脚は次第に強くなり、窓を叩く音が店内に広がった。

 写真館の小さな照明の下、二人は取り戻した時間を埋めるように語り続けた。


 やがて、修復を終えた写真が差し出される。

 色褪せたはずの笑顔は、まるで昨日撮ったように鮮やかになっていた。


 美沙子は写真を見つめ、ふっと笑った。

「不思議ね。雨の日って、いつも何かを失うと思ってたけど……こうしてみると、取り戻すこともあるのね」


 健一はその言葉に、静かにうなずいた。


 外では雨がまだ降り続いている。

 だが、二人の胸の中には、確かに小さな光が灯っていた。



---

連載作品は0時更新。シリーズ『連載中』より、ご一読ください。


感想や評価お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ