「雨」「写真」「再会」
【雨がもたらすもの】
梅雨の夕暮れ、街を歩く人々は傘の下で足早に通り過ぎていく。水たまりに映るネオンの色は、にじんでぼやけ、どこか夢のようだった。
佐伯健一は、駅前の古びた写真館の前で足を止めた。看板の文字は掠れ、今にも剥がれ落ちそうだ。窓越しに見えるのは、色褪せた家族写真のサンプル。昭和の笑顔が並んでいる。
なぜここに来たのか。理由は一枚の古い写真だった。
数日前、実家の押し入れを片付けていたとき、埃をかぶったアルバムの間から、小さな写真が出てきた。高校二年の文化祭。雨でグラウンドの企画が中止になり、代わりに教室で即席の喫茶店を開いた日のものだ。写っていたのは、クラスメイトたちの笑顔、そして――隣に並ぶ少女。
白いブラウスに長い髪。健一の記憶に鮮やかに残る、篠原美沙子だった。
初恋だった。
しかし、卒業の直前に彼女は転校し、そのまま音信は途絶えた。
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写真館の扉を押すと、鈴の音がかすかに響いた。
中はひんやりとした空気。湿った雨の匂いと、薬品のような現像液の匂いが混じっている。カウンターには白髪の店主が座り、眠たげに新聞をめくっていた。
「すみません、この写真、きれいにしていただけますか」
健一はアルバムから写真を取り出し、差し出した。
店主はルーペを当てて目を細める。
「ずいぶん昔のものですな。修復には時間がかかりますよ」
「大丈夫です。待ちますから」
そう言って腰を下ろしたとき、店の奥から足音がした。
「お父さん、お客様?」
現れた女性の声に、健一の心臓が跳ねた。
傘を閉じたままのように、濡れた髪を後ろにまとめたその人は――紛れもなく、美沙子だった。
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時は残酷だ。彼女の頬には小さなしわが刻まれ、制服姿の面影は薄れていた。だが、笑ったときの目尻の形は、あの頃と同じだった。
「……健一くん?」
驚きとためらいの入り混じった声。
二十年ぶりの再会だった。
ぎこちなく言葉を交わすうちに、時間は少しずつ巻き戻されていった。
高校の思い出、文化祭の喫茶店で互いに出し合った下手なラテアートの話。
雨の日に一緒に傘を差して帰ったこと。
「覚えてる? あの日、私……転校のこと、本当は伝えたかったの」
美沙子は、修復中の写真を見つめながら言った。
「でも勇気がなくて。……だから、あの写真が最後になっちゃった」
健一は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
自分もまた、彼女に伝えたい言葉を飲み込んだまま大人になってしまったのだ。
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雨脚は次第に強くなり、窓を叩く音が店内に広がった。
写真館の小さな照明の下、二人は取り戻した時間を埋めるように語り続けた。
やがて、修復を終えた写真が差し出される。
色褪せたはずの笑顔は、まるで昨日撮ったように鮮やかになっていた。
美沙子は写真を見つめ、ふっと笑った。
「不思議ね。雨の日って、いつも何かを失うと思ってたけど……こうしてみると、取り戻すこともあるのね」
健一はその言葉に、静かにうなずいた。
外では雨がまだ降り続いている。
だが、二人の胸の中には、確かに小さな光が灯っていた。
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