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三題噺  作者:
2025年8月

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12/50

「カレーライス」「エレベーター」「占い師」

【カレーライスなんてもう二度と】


 月曜の朝、私は駅前ビルの五階で開催される「就活セミナー」に向かっていた。リクルートスーツに身を包み、履歴書のコピーを抱え、気分はすでに葬式。

 ただでさえ緊張で胃が縮み上がっているのに、その日、私の人生を決定的に狂わせたのは――カレーライスだった。



---


 セミナー開始まで三十分。私は空腹に負けて、ビル一階の食堂に飛び込んだ。

 頼んだのはカレーライス。だがこの店のカレーは異常だった。見た目は普通、香りも普通なのに、ひと口食べた瞬間、脳が爆発したように「スパイスッ!!!」と叫ぶ。胃の中で暴れる唐辛子の軍団。私は滝のように汗を流し、ハンカチで顔を拭き拭き、ようやく皿を空にした。


「よし、これで午後まで戦える!」


 と勢い込んだものの、すでに汗でスーツはびしょ濡れ。しかも胃がぐるぐる。だが時間がない。私は慌ててエレベーターに飛び乗った。



---


 エレベーターの中には、すでに数人が乗っていた。

 派手な衣装をまとったおばさん――いや、占い師だ。どう見ても怪しい。紫のターバン、肩にはインコ(本物)、手には水晶玉。


「おや、若者よ。あなた、今日は試練の一日になりますね」


 唐突に話しかけてきた。


「え、いや、僕セミナーが……」


「見えます、見えますよ。あなたのオーラにカレー色の渦が!」


「それ昼食です」


「いいえ、これは運命。カレーに導かれ、あなたは――遅刻します」


「やめてください! フラグ立てないでください!」


 周囲の乗客がクスクス笑う中、エレベーターは二階に到着。だがドアが開いた瞬間――


 ガクン!


 嫌な音とともに、エレベーターが止まった。



---


「え、まさか……」


 慌てて操作盤を押すが、反応なし。通報ボタンを押すと、「ただいま係員が向かっています」と機械音声が返ってくる。


「ほら見なさい! 占いは当たるのです!」


 占い師が得意げに叫ぶ。


「いやいや、これはたまたま……」


「若者よ、あなたの運命は今、エレベーターに閉じ込められることによって大きく開けるのです!」


「閉じてるんですけど!!」



---


 閉じ込められたのは私、占い師、サラリーマン二人、そして無表情の女子高生。狭い箱の中、空気はじわじわと重くなる。しかも、私の胃袋がカレー反乱を開始していた。


「ぐるるる……」


 音が響いた。女子高生が冷たい目でこちらを一瞥する。


「あの……今のは機械音です」


 と苦しい言い訳をしたが、汗だくの私を誰も信じていない。



---


 やがて占い師が水晶玉を取り出した。


「ここは私に任せなさい。この水晶が解決の糸口を――」


 ガツン!


 エレベーターの天井に水晶をぶつけ、見事に割った。中からなぜかレシートが出てきた。


「……あ、昨日のスーパーのですね」


 占い師は顔を赤らめた。


「インチキじゃないですか!!」


「い、いいえ! これは予兆! スーパーの割引も運命の導き!」



---


 時間が過ぎていく。私は時計を見て青ざめた。セミナー開始まであと十分。


「くそ、もうダメだ……」


 胃の中でカレーが再び暴動を起こす。今度は本気で危ない。


「すみません、非常に……非常に切羽詰まってるので、なんとか……」


 と呻くと、女子高生がすっと手を差し伸べた。そこには……ミントガム。


「食べます?」


「神!!!」


 私は震える手でガムを受け取り、必死に噛み続けた。ミントの清涼感がカレーの暴走を少しだけ鎮める。



---


 そこへ、上から声がした。


「皆さん、ご安心ください。あと五分で復旧します!」


「助かったああああ!」


 ようやく希望が見えた瞬間、占い師がまた口を開いた。


「でもあなた、外に出た瞬間に――すべての努力が報われます」


「それって、内定出るってことですか!?」


「いえ、きっと食堂でカレーが半額に」


「そっちかーーー!!」



---


 結局、セミナーには遅刻。面接官に冷たい視線を浴びながら、私は心の中で誓った。


「二度と就活前にカレーは食べない」


 だが翌週、私はまた「珈琲ポラリス」のカレーライスを平らげ、同じエレベーターに乗り込むことになる。もちろん、例の占い師と一緒に。



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