ギリギリの生活
翌日の朝。
重い足取りで宿屋を出る。
やる気が出ない。
けど、生きるためには金が必要だ。
俺は貯金が尽きたので、仕事をすることにした。
仕事斡旋所、俗にいうギルドに入ると、せわしなく一人の女性が鎧を身に纏った屈強な冒険者に囲まれて忙しそうに働いていた。
受付嬢の綺麗な女性、エルさん。
みんなの憧れであるその女性は俺のような冒険者にも優しかった。
仕事内容が貼られた掲示板を眺めながら、彼女に言われたことを思い出す。
彼女は、俺の前で人差し指を立ててこう言った。
「冒険者は冒険をしない」
それだけは覚えておいてくださいねと言って彼女は年相応の可憐な笑みを浮かべた。
「冒険者は冒険するものではないのですか?」
最初に聞いたときは言葉の意味がよく分からず思わず、聞き返してしまったが、彼女によれば、冒険者は「冒険」つまり危険な任務を請け負わないで堅実に仕事をこなした方が長続きするのだとか。
つまり冒険者として生き残りたいなら真面目にコツコツやれという意味らしい。
それはそうと、雑用ばっかりやっている僕には彼女の笑顔が愛想笑いだとしても、とても嬉しいものだった。
彼女の言った、冒険者は冒険をしないという方針に素直に従うと、無能な僕にできる生活できるほどの賃金がもらえる仕事は、これしかなかった。
溝さらい。
文字通り、溝に詰まった汚泥をさらう仕事。
俺は冒険者のイメージとはかけ離れたその仕事を請け負うことに気を重くして思わず溜息を吐く。
薬草や人・猫探しは収入が低いし、俺はあまり前のパーティメンバーにつきっきりだから、世間知らずなのだ。
「でも、やるしかないか。生活のためだし」
もっと冒険者らしいことがしたいけどそうも言っていられない。
書類上、俺は、追放された俺は一人の冒険者として自立した扱いとして処理されていた。
おそらく一方的に解雇したなんて、公にできないだろうから、世間体を気にしてのことだったのだろうが、一文無しの俺からすればありがたい話だ。
溝さらいの報酬は8時間で64G。
なお、溝さらい中に手に入れた物品はギルドに渡さなければいけない。
それを目的に溝さらいをして手に入れた品を転売する冒険者と住民との間でトラブルが相次いで発生するからだ。
報酬とくれば、次に考えるのは費用だ。
費用の総額は40G。
生活にかかる費用を計算すると、食事に10G、宿屋に10G、風呂に5G、作業中の飲み物に5G、洗濯魔法代も一回10Gらしい。
洗濯魔法というのは着替え室のような人一人が入れるくらいの長方形の空間の中に服を着たまま入ることで服が清潔になる魔法のことだ。
報酬から差し引いて手持ちは24G。
そこからさらに一日ごとにギルド会員料を20G支払い、教会にも寄付最低額の4Gを寄付する。
この教会の寄付は住民の義務ということが冒険者ひいてはこの国にとっては暗黙の了解らしい。
ギルド会員料についてエルさんに尋ねると、殉職された冒険者の死体回収と葬儀代、冒険者が調達した素材を加工する業者への報酬や、教会の寄付や各種税金等に使うのだそうだ。
受付嬢のエルさんに、溝さらいを引き受ける旨を伝えると、花が咲いたように笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。やる方が冒険者では誰もいなくて困っているんですよ」
美女に感謝されるのは悪い気がしない。
この人の笑顔だけが俺にとっての生きがいだ。
昼の炎天下。
溝さらいをすると革袋の中に入った水1G(1.5リットル)を飲みながら、溝さらいをする。
木でできたショベルとバケツを持ちながら指定された場所に行って汚泥をさらって、さらった汚泥をバケツに入れて指定された場所に捨てる。
単調な作業だが、俺はこういう黙々とやれる作業は嫌いではなかったし、いい運動になるなぁといった感覚で働いた。
朝の9時から始めて休憩2時間を含めて、夜の7時に宿屋に戻ると、俺は、10Gの食事と4Gの飲み物を適当に頼んで風呂に入り、その後、洗濯魔法で服をきれいにした後、気絶したように眠る。
翌日もそのまた翌日も同じように過ごす。
市内の溝を実質一人でさらうのだから、それなりに忙しい。
市民たちの中には自宅前の溝さらいをやっていた人もいたが俺が働くのを見てそれもやめた。
ちなみに、服は青い作業着みたいなものが無料でギルドから支給された。
可愛い女の子にちやほやされてみたいなぁ。
現実はそううまくはいかない。
神々の加護もない。
教会で律義に通って祈りをささげたのに、どうやら俺は神にも見放されたらしい。
ステータス補正もない。
雑用だけやったのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが。
カリスマのように人々を導く魅力もない。
冒険譚なんてない。
ナイナイづくしの日々。
泥に向き合い泥のように眠る毎日。
期待していたものと大きく違い、せめてちょっと性格が残念でもいいから出会いが欲しいなぁと俺は切実な思いを胸に秘める。
一本2Gの串焼き肉のおやつさえ買えないことを、ポケットの中に小銭一枚すらないことに気づいて、俺は溜息を吐く。
前のパーティにいた時に食べたまかないで出た串焼き肉さえ今は食べられないのだ。
「まったく、やってらんないよなぁ」
俺はがっくりと項垂れ、宿屋のベッドでゴロゴロするのだった。




