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猫山さんをわからせたい!  作者: ウチぬっこ
第一章 猫山さんには頭があがらない!

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9/22

第9話 猫山さんとショッピング

水曜日。


 俺は、普段の休日よりも少し早く起きた。


 理由は単純だ。


 今日は、猫山さんと買い物に行く約束をしている。


 ……いや、別に浮かれているわけじゃない。


 待ち合わせに遅れるわけにもいかないし、出かける前に余裕を持っておきたい。それだけだ。


 そう自分に言い聞かせながら身支度を済ませていると、出発直前にスマートフォンが震えた。


『先輩、おはようございます! 今日はよろしくお願いしますね♪』


 猫山さんからのメッセージだった。


 続けて、待ち合わせ場所と時間が送られてくる。


 俺は簡単に返事を打った。


『了解。じゃあ、あとで』


 送信してから、ふと思う。


 ……あいつ、ずいぶん楽しみにしてるみたいだな。


 まあ、誘った本人なのだから当然か。


 俺はスマートフォンをポケットにしまい、家を出た。


 ***


 待ち合わせ場所は、駅から少し離れたショッピングモールだった。


 日用品から衣服、雑貨まで何でもそろっている。休日にはそれなりに人が集まる場所だ。


 約束の時間より五分ほど早く到着した俺は、入口の近くで猫山さんを待つことにした。


 すると、少し離れたところから聞き慣れた声が飛んでくる。


「先輩ー!」


 振り返ると、猫山さんがこちらに手を振りながら歩いてきた。


 いつもの制服姿ではない。


 淡い色のブラウスに、すっきりとしたスカート。肩には小さなバッグを掛けている。


 普段、店で見ている姿とは違って、ずいぶん新鮮だった。


 ……いや、別に変な意味じゃない。


 休日なのだから、私服なのは当たり前だ。


「お待たせしました!」


「いや、俺も今来たところだよ」


「本当ですか? もしかして、私に会うのが楽しみすぎて早く来ちゃいました?」


「違う。五分くらい早く着いただけだ」


「へえー。五分も早く」


「その言い方、絶対信じてないだろ」


「いえいえ。先輩のそういうところ、かわいいなって思っただけです!」


「男にかわいいって言うな」


「あははっ!」


 猫山さんは楽しそうに笑った。


 ……まったく。


 休日くらい、少しは大人しくしてくれないものだろうか。


「じゃあ、行きましょうか!」


「ああ。まずは何を買うんだ?」


「日用品です。シャンプーとか洗剤とか。あと、ちょっと服も見たいなって」


「ずいぶん買うものが多いな」


「せっかく来たんですから、まとめて買っちゃおうと思って!」


「なるほどな」


「それに……」


「それに?」


「先輩と一緒なら、荷物が増えても安心ですから!」


「やっぱり荷物持ち目的じゃねえか!」


「冗談ですよ、冗談!」


 そう言いながら、猫山さんは俺の隣に並んだ。


 俺たちは、そのままショッピングモールの中へ入っていった。


 ***


 最初に向かったのは、日用品を扱う店だった。


 猫山さんは洗剤やシャンプーを手に取り、成分や香りを確かめながらカゴに入れていく。


「先輩って、普段どの洗剤を使ってます?」


「俺はこっちかな。特にこだわりがあるわけじゃないけど」


「へえ。じゃあ、私もこれにしてみようかな」


「俺に合わせなくてもいいだろ」


「いいんです。参考にしてるだけですから」


 何でもない、生活感のある会話。


 こうしていると、同じ職場の先輩と後輩というより、普通に一緒に買い物をしている二人みたいだ。


 ……まあ、実際はただの先輩と後輩なんだけど。


「先輩、これ持ってください!」


「はいはい」


 気づけば、俺の手には洗剤やシャンプーが入った袋がぶら下がっていた。


「お前、自分で持てるだろ」


「持てますよ?」


「じゃあ、なんで俺に渡すんだよ」


「先輩が持ってくれるかなーって思って」


「確信犯じゃねえか!」


「頼りにしてます、先輩♪」


「……はいはい」


 結局、俺はそのまま荷物を持つことになった。


 まあ、これくらいなら別に構わない。


 猫山さんも買い物を楽しんでいるようだし、俺だって今のところは退屈していなかった。


 その後、食品売り場や雑貨店を回り、必要なものを一通り買い終えた。


「よし、日用品はこれで終わりです!」


「お疲れ。あとは服か?」


「はい!」


 猫山さんの表情が、ぱっと明るくなる。


 どうやら、こちらが本命らしい。


「そんなに楽しみなのか?」


「もちろんです! 服を見るのって楽しいじゃないですか」


「まあ、そういうもんか」


「先輩は、女の子の服とか気にならないんですか?」


「……急に何を聞いてるんだよ」


「いえ、先輩って普段、そういう話をしなさそうなので」


「別に、服くらい見るだろ」


「へえー?」


 猫山さんが、にやりと笑う。


「じゃあ、今日はいっぱい見てもらいましょうか!」


「……嫌な予感しかしないんだが」


「気のせいですよ!」


 その笑顔を見て、俺は深くため息をついた。


 どうやら、服を買うだけでは終わらなさそうだ。


 ***


 買った日用品をショッピングモール内のコインロッカーに預け、俺たちは衣料品店へ向かった。


 店に入るなり、猫山さんはさっそく服を見て回り始める。


 ハンガーに掛かった服を手に取っては、色やデザインを確かめていた。


「うーん……こっちもかわいいし、こっちもいいなぁ」


「そんなに迷うもんなのか?」


「迷いますよ! せっかく買うなら、気に入ったものが欲しいじゃないですか」


「まあ、それはそうか」


「先輩は、どっちがいいと思います?」


 そう言って、猫山さんは二着のトップスを俺に見せてきた。


 片方は落ち着いた色合いのシンプルなもの。もう片方は明るい色で、少し可愛らしいデザインだった。


「……俺に聞かれてもな」


「えー? さっき、服くらい見るって言ってたじゃないですか」


「見るのと選ぶのは違うだろ」


「じゃあ、練習です。どっちが私に似合うと思います?」


 逃げ道を塞がれた。


 俺は二着を見比べてから、猫山さんに視線を向ける。


「……こっちじゃないか?」


 選んだのは、落ち着いた色合いのほうだった。


「おっ。どうしてですか?」


「いや、お前、普段は明るい色の服を選びそうなイメージがあるし。たまにはこういうのもいいんじゃないかと思って」


「ふーん……」


 猫山さんは服と俺の顔を交互に見た。


 それから、どこか満足そうに笑う。


「なるほど。先輩はこういうのが好きなんですね?」


「俺の好みの話じゃないだろ!」


「でも、私に似合うと思ったんですよね?」


「そう言ってるだろ……」


「ふふっ。ありがとうございます!」


 猫山さんは選んだ服を抱え、試着室のほうへ向かった。


「ちょっと着てみますね!」


「おう」


 俺は近くの棚を眺めながら待つことにした。


 しばらくすると、試着室のカーテンが少しだけ開いた。


「先輩、先輩」


「ん?」


「着替えたので、見てもらってもいいですか?」


「……何を?」


「服に決まってるじゃないですか!」


「いや、そうだけど……」


「じゃあ、どうぞ!」


 カーテンが開く。


 そこには、さっき俺が選んだ服を着た猫山さんが立っていた。


 いつもより落ち着いた印象で、普段の生意気な雰囲気が少しだけ和らいで見える。


 ……いや。


 普通に、似合っていた。


「どうですか?」


 猫山さんが、その場でくるりと一回転する。


「この服、私に似合います?」


「…………」


「先輩?」


「……ああ。似合ってると思う」


「……本当ですか?」


「本当だよ。すごく似合ってる」


「……っ!」


 口にした瞬間、猫山さんの動きが止まった。


 じっと俺の顔を見つめたかと思うと、その頬が少しずつ赤くなっていく。


「……すごく、ですか?」


「え? ああ。うん。すごく」


 何かおかしなことを言っただろうか。


 似合っているものは、似合っている。


 それだけの話だ。


 なのに、猫山さんは視線を落とし、服の裾を指先でつまんだ。


「……そ、そうですか」


 声まで小さくなっていた。


 いつものように、からかってくる気配もない。


「……猫山さん?」


「な、何ですか?」


「いや、急に大人しくなったから」


「べ、別に! 普通ですけど!」


 そう言いながらも、猫山さんは俺と目を合わせようとしなかった。


 耳まで赤くなっている。


 ……え?


 もしかして、照れてるのか?


 俺が?


 いや、違う。


 俺が照れさせたのか?


 そう考えた途端、今度はこっちまで妙に恥ずかしくなってきた。


「……ま、まあ、気に入ったなら買えばいいんじゃないか」


「……はい」


 猫山さんは小さくうなずき、逃げるように試着室へ戻っていった。


 カーテンが閉まる直前、ほんの少しだけ顔をのぞかせる。


「……先輩」


「ん?」


「ありがとうございます」


 それだけ言って、カーテンが閉まった。


 俺はその場に立ち尽くした。


 ……なんだ、今の。


 いつもなら、俺が少しでも動揺すれば、すぐにからかってくるくせに。


 今日の猫山さんは、妙に素直だった。


 そのことが、なぜだか頭から離れなかった。


 ***


 その後も、俺たちは店内を回った。


 猫山さんは別の服も何着か試し、俺に感想を聞いてきた。


 もちろん、途中からはいつもの調子を取り戻していた。


「先輩、これはどうですか?」


「いいんじゃないか?」


「もうちょっと具体的に!」


「……色がいいと思う」


「雑っ!」


「じゃあ、何て言えばいいんだよ!」


「あははっ!」


 そんなやり取りを繰り返しながら、猫山さんは最終的に二着の服を購入した。


 店を出る頃には、俺の両手に買い物袋が増えていた。


「いやあ、いい買い物ができました!」


「それはよかったな。……で、この荷物は全部俺が持つのか?」


「え? もちろんです!」


「少しくらい自分で持て!」


「先輩、頼りにしてますから♪」


「その言葉、便利に使いすぎだろ……」


 文句を言いつつも、俺は袋を持ち直した。


 猫山さんは隣で笑っている。


 さっき試着室で見せた、あの照れた表情。


 今はすっかり、いつもの生意気な笑顔に戻っていた。


 ……あれは、何だったんだろう。


 俺が考え込んでいると、猫山さんがこちらをのぞき込んできた。


「先輩、どうしました?」


「いや、何でもない」


「ふーん?」


 少し疑わしそうな顔をしたものの、それ以上は追及してこなかった。


 俺たちは買い物袋をコインロッカーから回収し、ショッピングモールを出て駅へ向かった。


 ***


 駅に着く頃には、昼を少し過ぎていた。


 買い物を終えた猫山さんは、ずいぶん満足そうだった。


「今日はありがとうございました、先輩!」


「どういたしまして。俺は荷物持ちをしてただけだけどな」


「そんなことないですよ。服も一緒に選んでくれましたし」


「選んだって言っても、二択で答えただけだろ」


「それでもです!」


 猫山さんは、いつもの笑顔でそう言った。


 そして、俺が持っていた袋を受け取ろうと手を伸ばす。


「最後くらい、自分で持ちますよ」


「お、珍しいな」


「先輩にばっかり持たせるのも悪いですから」


「最初からそうしてくれればよかったんだけどな」


「それはそれ、これはこれです!」


「どういう理屈だよ……」


 二人で笑いながら、駅の入口まで歩いた。


 そろそろ解散だ。


 俺がそう思っていると、猫山さんが不意に足を止めた。


「……先輩」


「ん?」


「今日は、本当に楽しかったです」


 いつもより静かな声だった。


 俺も足を止め、猫山さんを見る。


「……そうか。俺も、まあ、楽しかったよ」


「ふふっ。よかった」


 猫山さんは嬉しそうに笑った。


 それから、少しだけ俺に近づいてくる。


「……先輩、ちょっと耳貸してください」


「え? 何だよ?」


「いいから」


 言われるままに、俺は少しだけ身をかがめた。


 すると、猫山さんが俺の耳元に顔を寄せる。


 ふわりと、彼女の髪が頬に触れた。


 近い。


 近すぎる。


 そう思った瞬間、耳元で小さな声がした。


「……今日の私たち、カップルみたいでしたね」


「――っ!?」


 声にならなかった。


 猫山さんは、俺の反応を確かめるように一歩だけ離れた。


 その顔には、いつもの生意気な笑みが浮かんでいる。


 ……いや、違う。


 頬が、ほんの少し赤い。


「それじゃあ、先輩! また明日、お店で!」


「え、あ、おう……!」


「今日はありがとうございました!」


 猫山さんはぺこりと頭を下げると、くるりと背を向けた。


 そして、振り返ることなく駅の中へ歩いていく。


 俺は、その後ろ姿を見送った。


 数秒。


 十秒。


 ……姿が見えなくなっても、しばらく動けなかった。


「…………」


 カップル。


 今日の私たち、カップルみたい。


 ……あいつ。


 あいつは、本当に。


「~~~~っ!」


 俺は両手で顔を覆った。


 そして、誰もいない駅前の端っこで、ゆっくりとしゃがみ込む。


 やばい。


 これは、やばい。


 服を褒めただけだ。


 一緒に買い物をしただけだ。


 それなのに、あんなことを耳元で言われたら――!


「……勘弁してくれよ、猫山さん……!」


 声を押し殺しながら、俺はその場で悶えた。


 もちろん、通行人に変な目で見られていたことには、最後まで気づかなかった。

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