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猫山さんをわからせたい!  作者: ウチぬっこ
第一章 猫山さんには頭があがらない!

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第3話 それは反則ですよ猫山さん

昼下がり。


 今日の店は、驚くほど暇だった。


 ランチタイムのピークはとっくに過ぎ、客席にはまばらに客がいるだけ。ホールの仕事も一段落し、俺は手持ち無沙汰になっていた。


「……今日は暇だなぁ」


 思わず口にすると、近くでグラスを補充していた桜場さんが笑った。


「そういう日もあるよ。忙しすぎるよりはいいでしょ?」


「まあ、それはそうですけど」


 俺は壁の時計に目をやった。


 秒針が、やけにゆっくり進んでいる。


 ……暇すぎる。


 何かやることはないかと店内を見回していると、桜場さんと猫山さんの会話が耳に入ってきた。


「そういえば猫山さんって、休みの日は何してるの?」


「そうですね……軽く運動したり、ストレッチしたりしてます。たまにジョギングもしますよ」


「えー、偉い! 私なんて休みの日は家でゴロゴロしてるだけだよ」


「そんなことないですよ。桜場さんだって、十分スタイルいいじゃないですか」


「ふふっ、ありがとう。でも、猫山さんもスタイルいいよね。普段から気をつけてるの?」


「はい。やっぱり、体型は維持したいので。食事にも気をつけてますし、運動もなるべく続けるようにしてます」


 俺の手が、伝票の束の上で止まった。


 体型。


 その言葉に反応した自分をごまかすように、伝票の端を揃える。


 ……猫山さんは、確かにスタイルがいい。


 いや、思い出すな。


 俺は慌てて頭を振った。


 今は仕事中だ。余計なことを考えるな。


「やっぱり、ウエストとかも気にしてるの?」


 桜場さんが何気なく尋ねる。


「もちろんです。せっかくなら、きれいなラインを保ちたいですから」


 ウエスト。


 俺は反射的に顔を上げかけ、慌てて視線を伝票へ戻した。


 聞くつもりはなかった。


 ただ、声が聞こえてきただけだ。


 そう自分に言い聞かせながら、伝票を整理する手つきだけが妙に丁寧になっていく。


「近藤くん?」


「っ、はい!」


 肩が跳ね、手元の伝票がばさりと崩れた。


 振り向くと、桜場さんがニヤニヤしながらこちらを見ている。


「さっきから、こっちの話が気になるみたいだけど?」


「べ、別に気にしてませんよ!」


 声が一段高くなった。


「へえ〜? まだ何も言ってないのに?」


「そ、それは……」


 言葉が詰まり、俺は崩れた伝票を拾うふりをして顔を伏せた。


 桜場さんは楽しそうに笑い、猫山さんへ視線を向ける。


「ねえ、猫山さん。近藤くん、なんだか様子がおかしくない?」


「そうですね。さっきから、ずいぶん熱心に聞いていたみたいですし」


「聞いてないって!」


 勢いよく顔を上げた瞬間、二人と目が合った。


 ……しまった。


 否定するには、反応が早すぎた。


 猫山さんが、ゆっくりこちらへ歩いてくる。


 その口元には、見慣れた笑みが浮かんでいた。


 ああ、これはまずい。


 嫌な予感しかしない。


 彼女は俺のすぐそばまで来ると、周りには聞こえないように声を落とした。


「……私たちの話を聞いて、何いやらしい想像してるんですか、先輩?」


「なっ……! してない!」


 思わず身を引いたせいで、背中がカウンターに当たった。


「本当ですか?」


 猫山さんは小首を傾げる。


 近い。


 目を合わせれば、彼女の笑った目がすぐそこにある。


 かといって視線をそらせば、今度は余計なところを見てしまいそうになる。


 ……どうしろっていうんだ。


「私、体型を維持するために頑張ってるんですよ。特にウエストは、けっこう自信があるんです」


「そ、そうか……」


 返事が喉に引っかかり、声がかすれた。


「……触ってみます?」


「そういうことを、簡単に言うな!」


 思わず声が大きくなった。


 店内に響いた自分の声に、俺は慌てて口を閉じる。


 猫山さんは口元を押さえ、肩を小さく震わせていた。


「ふふっ。先輩って、本当にわかりやすいですね」


「お前なぁ……!」


「はいはい。お仕事の邪魔をしてすみません」


 そう言いながらも、猫山さんはまったく悪びれていない。


 彼女はくるりと背を向け、補充途中だったグラスへ手を伸ばした。


 そして、俺にだけ聞こえる声で、ぽつりと呟いた。


「……先輩の意気地なし」


「――っ!」


 息が止まった。


 反論しようとして口を開いたのに、声が出てこない。


 猫山さんは、そんな俺を見て満足そうに笑った。


 それから何事もなかったかのように、グラスを棚へ並べていく。


 ……絶対に、わざとだ。


 わかっている。


 わかっているのに、言い返す言葉が見つからない。


「……馬鹿にしやがって」


 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。


 俺は伝票を置き直し、猫山さんから逃げるようにその場を離れた。


「近藤くん? どこ行くの?」


「ちょっと、トイレです!」


 返事が裏返った。


 振り返る余裕もなく、俺は足早にホールを抜ける。


 顔が熱い。


 耳の奥では、さっきの声がいつまでも消えなかった。


 ――触ってみます?


 ――先輩の意気地なし。


「……くそっ」


 俺は逃げるようにトイレへと向かった。

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