第21話 猫山さんと初詣の約束
クリスマスイベントが終わってから、数日が経った。
店内のクリスマス飾りも片づけられ、代わりに年末らしい慌ただしさが感じられるようになっていた。
クリスマスの日にトナカイの格好をさせられたことは、今でも忘れられない。
猫山さんとシャロさんには散々笑われたし、写真まで撮られてしまった。
……まあ、子どもたちには好評だったから、悪いことばかりでもなかったのだが。
「近藤さん、もうすぐ一年終わりますね!」
仕事の合間、シャロさんが明るい声で話しかけてきた。
「そうだね。もう年末か……あっという間だな」
「お店がお正月でお休みになったら、何をするんですか?」
「特に決めてないよ。家でゆっくりするくらいかな」
「そうなんですね! 私は初詣に行こうかなって思ってます」
「いいんじゃない? 俺も気が向いたら行こうかな」
「初詣、いいですよね! お正月って感じがします!」
楽しそうに話すシャロさんに、俺は思わず苦笑した。
そのとき、少し離れたところにいた猫山さんが、こちらを見ていることに気づいた。
一瞬目が合ったものの、猫山さんはすぐに視線をそらし、何事もなかったかのように仕事へ戻っていった。
……もしかして、今の会話を聞いていたのか?
そう思ったものの、わざわざ確かめることでもない。俺も目の前の仕事に戻ることにした。
***
それからしばらくして、仕事の合間に猫山さんと顔を合わせる機会があった。
「先輩」
「ん? どうした、猫山さん」
「先輩って、お正月は何か予定あるんですか?」
「いや、特にないけど。家でのんびりするつもりだよ」
「ふーん……そうなんですね」
猫山さんは何かを考えるように、少しだけ黙り込んだ。
いつもならすぐにからかってくるのに、今日はどこか様子が違う。
やがて、猫山さんは意を決したように顔を上げた。
「……それなら、私と初詣に行きませんか?」
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
今、猫山さんはなんと言った?
俺と初詣に行きたい、と。
「聞こえませんでした? 初詣です。せっかく元日はお休みですし、一緒に行きましょうよ」
「いや、聞こえてたけど……急にどうしたんだ?」
「先輩、予定がないって言ってたじゃないですか」
「それはそうだけど」
「それとも、私と行くのは嫌ですか?」
猫山さんは、いつものからかうような笑みを浮かべずに俺を見つめた。
その表情には、ほんの少しだけ不安がにじんでいるように見えた。
いつもはあんなに生意気なのに、こういうときは意外と素直なんだな。
そんなことを思うと、断る理由なんてなかった。
「……いや、嫌じゃないよ。俺でよければ、一緒に行こう」
そう答えると、猫山さんの表情がぱっと明るくなった。
「本当ですか?」
「本当だよ」
「……よかったです」
ほっとしたように笑う猫山さん。
その顔を見ていると、こっちまで少し嬉しくなってくる。
……なんだか、調子が狂うな。
しかし、次の瞬間。
「じゃあ、これってデートですね!」
「はっ!?」
猫山さんは、いつもの生意気な笑みを浮かべた。
「な、なんでそうなるんだよ!」
「だって、お休みの日に二人きりでお出かけするんですよ? デートって言っても間違いじゃないですよね?」
「初詣に行くだけだろ!」
「はいはい。そういうことにしておきますね、先輩」
「おい、絶対わかってないだろ!」
「ふふっ。先輩って、こういうときは本当にわかりやすいですね」
……やっぱり、こいつは生意気だ。
せっかく素直に誘いを受けたというのに、すぐこれだ。
とはいえ、初詣に行くこと自体は、俺も楽しみだった。
「それで、何時にする?」
「うーん……あまり遅いと混みそうですし、午前中にしませんか?」
「そうだな。じゃあ、十時くらいでどう?」
「わかりました! 待ち合わせ場所は、あとで連絡しますね」
「ああ、頼む」
「寝坊しないでくださいよ? 先輩、休みの日はのんびりしてそうですから」
「俺をなんだと思ってるんだよ……」
「ふふっ。頼りにしてますよ?」
そう言い残し、猫山さんは満足そうに仕事へ戻っていった。
***
その日の仕事が終わり、帰り支度をしていると、スマートフォンが震えた。
画面を見ると、猫山さんからメッセージが届いていた。
『先輩、今日は約束してくれてありがとうございました! 元日の十時、楽しみにしてますね!』
続けて、待ち合わせ場所も送られてきた。
俺は内容を確認してから、短く返信する。
『了解。俺も楽しみにしてるよ』
送信してから、ふと気づいた。
……俺、今、楽しみって送ったのか。
別に嘘ではない。
ただ、猫山さんにそれを知られると思うと、なんだか少し気恥ずかしかった。
すると、すぐに返信が届いた。
『ふふっ。私もです! 当日は可愛い格好で行きますから、楽しみにしていてくださいね?』
「……あいつは本当に」
思わず苦笑してしまう。
初詣に誘ってくれたと思ったら、最後にはこれだ。
当日、どんな格好で来るのか。
そんなことを考えている自分に気づき、俺は小さくため息をついた。
「……まあ、楽しみにしておくか」
猫山さんと二人で出かける約束をした。
たったそれだけなのに、元日が来るのを少しだけ待ち遠しく感じている自分がいた。
……このことだけは、絶対に猫山さんには言えない。
やっぱり、あいつは生意気だ。
そう思いながらも、俺の口元には自然と笑みが浮かんでいた。




