↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫山さんをわからせたい!  作者: ウチぬっこ
最終章 生意気な後輩をわからせたい!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/22

第20話 トナカイ先輩と後輩サンタ

クリスマスイベント当日。


 店内にはクリスマスソングが流れ、先日みんなで飾りつけたツリーや電飾が華やかに輝いていた。


 いよいよ、イベント本番だ。


「よし……今日も頑張るか」


 俺は気合いを入れて、バックヤードへ向かった。


 去年も経験しているとはいえ、クリスマスイベントの日は普段より忙しくなる。準備にも気を配らなければならないし、お客さんも増えるだろう。


 ただ、今年は一つだけ、去年とは違うことがあった。


 それは、イベント用の衣装だ。


 スタッフ全員が着替えるわけではない。店長は基本的に事務所で仕事をしているし、佐々木さんと大久保さんは厨房担当なので、普段どおりの服装で働くことになっている。


 そして、俺に用意されていた衣装はというと――。


「近藤くん、ちょっといい?」


 バックヤードに入ったところで、大久保さんに呼び止められた。


「はい、何ですか?」


「今日の衣装なんだけど、これを着てもらえるかな?」


 そう言って差し出されたのは、茶色い衣装だった。


 頭につけるカチューシャには立派な角が生えていて、赤い鼻まで用意されている。


 ……嫌な予感しかしない。


「…………大久保さん」


「うん?」


「これ、もしかして……」


「そう! トナカイだよ!」


「やっぱり!」


 俺は思わず頭を抱えた。


「どうして俺がトナカイなんですか……」


「だって、猫山さんとシャロさんがサンタでしょ? サンタが二人いるんだから、トナカイもいたほうがクリスマスらしいじゃない!」


「いや、別に必要ないですよね!?」


「そんなことないよ。クリスマスらしくていいじゃない!」


 大久保さんは楽しそうに笑っている。


 完全に面白がっている顔だ。


「……佐々木さんは?」


「厨房だから、いつもの服装だよ」


「店長は?」


「事務所でお仕事」


「……つまり、俺だけですか」


「そういうこと!」


 大久保さんは、ためらいなく親指を立てた。


 俺は手渡された衣装を見下ろした。


 茶色い上着に、トナカイの角。そして、やけに目立つ赤い鼻。


 どう考えても、これを着て店内を歩くことになるのだろう。


「……せめて、鼻はなくてもいいですか?」


「駄目!」


「即答ですか……」


「せっかくのイベントなんだから、楽しんでいこうよ!」


 ……この人、絶対に楽しんでるだろ。


***


 数分後。


 着替えを終えた俺は、更衣室の鏡の前に立っていた。


「…………」


 茶色い上着にトナカイの角。さらに赤い鼻までつけられた自分の姿を、じっと見つめる。


「……何やってんだろ、俺」


 勤務三年目。


 仕事にも慣れ、新人の指導を任されるようにもなった。


 それなのに、クリスマス当日にトナカイである。


 人生、何が起こるかわからない。


「近藤さん、準備できましたかー?」


 更衣室の外から、シャロさんの声が聞こえた。


「……できたよ」


「じゃあ、出てきてください!」


 俺は一度深呼吸してから、扉を開けた。


「お待たせ――」


 目の前には、サンタ姿のシャロさんと猫山さんが立っていた。


 二人とも、赤い衣装に白い縁取りのついたサンタクロース姿だ。頭にはふわふわのサンタ帽をかぶっている。


 シャロさんは嬉しそうに帽子を整えていて、猫山さんは衣装の裾を気にしながらこちらを振り返った。


 ……うん。二人とも、よく似合っている。


 特に猫山さんは、いつもより華やかな雰囲気で、思わず見とれそうになった。


 けれど、そんな感想を口にする前に――。


「…………」


 二人の視線が、俺の頭から足元までゆっくりと動いた。


「……ぷっ」


 猫山さんの口元が、ぴくりと動いた。


「…………先輩」


「……何だよ」


「その格好……」


「言うな」


「まだ何も言ってませんけど?」


 猫山さんは口元を押さえている。


 肩も小刻みに震えていた。


 その隣で、シャロさんは目を輝かせた。


「わあ……! 近藤さん、本当にトナカイさんなんですね!」


「見ればわかるだろ……」


「角もついてます! 赤いお鼻もあります!」


「それも見ればわかるよ!」


 シャロさんは楽しそうに笑った。


「すごいです! とっても可愛いです!」


「……ありがとう」


 褒められているはずなのに、全然嬉しくない。


 そして、ついに猫山さんが限界を迎えた。


「……っ、ふふっ」


「猫山さん?」


「ふっ……あははははっ!」


 とうとう、盛大に吹き出した。


「ちょ、先輩……! 何ですか、その格好……! あははっ!」


「仕方ないだろ! 衣装を渡されたんだから!」


「わ、わかってます……! でも、角が……っ!」


 猫山さんは目元に涙を浮かべながら笑っている。


 普段、俺をからかってばかりの後輩が、ここまで大笑いする姿は初めてかもしれない。


 ……いや、そんなことを考えている場合じゃない。


「お前、笑いすぎだろ!」


「だ、だって……! 先輩、いつもの真面目な顔でトナカイなんですもん……!」


「好きでやってるわけじゃない!」


「ふふっ……トナカイ先輩……!」


「その呼び方やめろ!」


 俺が抗議すると、猫山さんは目元をぬぐいながら、まだ笑いをこらえていた。


 くそっ。


 今日という日は、絶対に忘れないからな。


***


 ひとしきり笑われたあと、ようやくイベントの準備に取りかかった。


 厨房では佐々木さんと大久保さんが、普段どおり仕事を進めている。


「近藤くん、衣装いい感じじゃない!」


 厨房から顔を出した大久保さんが、俺を見るなり笑った。


「……大久保さん、そろそろ勘弁してください」


「ごめんごめん。でも、二人のサンタと並んだら、もっといい感じになりそうだね!」


「何がいい感じなんですか……」


「ほら、写真でも撮ったら?」


「撮りません!」


 即答すると、後ろから猫山さんが顔をのぞかせた。


「えー、いいじゃないですか。私、トナカイ先輩と写真撮りたいです」


「絶対に嫌だ」


「ふふっ。照れてるんですか?」


「違う!」


「じゃあ、撮りましょうよ」


「話を聞け!」


 猫山さんは、いつもの調子で俺をからかっている。


 その隣で、シャロさんもスマートフォンを手にしていた。


「私も撮りたいです! 近藤さん、記念に一枚いいですか?」


「シャロさんまで……」


「駄目ですか?」


 期待に満ちた目で見つめられると、強く断りづらい。


「……一枚だけだからな」


「ありがとうございます!」


 結局、俺は二人に挟まれて写真を撮ることになった。


 右にはサンタ姿のシャロさん。左には、同じくサンタ姿の猫山さん。


 そして中央には、トナカイ姿の俺。


 ……どう考えても、俺だけ浮いている。


「はい、撮りますよー!」


 シャロさんの声とともに、スマートフォンのシャッター音が鳴った。


「撮れました!」


「見せてください!」


 猫山さんが画面をのぞき込む。


 写真の中では、シャロさんが満面の笑みを浮かべ、猫山さんも楽しそうに笑っていた。


 その中央で、俺だけが妙に真剣な顔をしている。


「……っ、ふふっ」


「おい、また笑うのかよ!」


「だ、だって……先輩、すっごくいい顔してます……!」


「どんな顔だよ!」


「真面目な顔でトナカイしてる顔です!」


「その説明で納得できるか!」


 猫山さんは笑いながらも、撮ったばかりの写真を大事そうに保存した。


「猫山さん、その写真、変なところに載せるなよ」


「えー? どうしようかなあ」


「おい!」


「冗談です。これは記念ですから。大切に保存しておきますね、トナカイ先輩」


「だから、その呼び方!」


 そう言いながらも、猫山さんは写真を消す気などなさそうだった。


 ……まあ、記念と言われれば、悪い気はしない。


 俺は小さく息を吐き、二人と別れて自分の仕事に戻った。


***


 イベントが始まると、店内はすぐに忙しくなった。


 クリスマスの飾りつけを見て喜ぶお客さんもいれば、サンタ姿の二人に笑顔を向ける子どもたちもいる。


 そして、なぜかトナカイ姿の俺にも、思った以上に注目が集まっていた。


「わあ、トナカイさんだ!」


 来店した子どもが、俺を指さして笑顔を見せた。


「あ、ああ。メリークリスマス!」


 俺はなんとか笑顔を作って返事をする。


「トナカイさん、頑張ってね!」


「ありがとう!」


 子どもが嬉しそうに手を振る。


 その様子を見ていると、少しだけ気恥ずかしさが薄れてきた。


 ……まあ、お客さんに喜んでもらえるなら、悪くないか。


 そんなことを考えていると、サンタ姿のシャロさんが近くを通りかかった。


「近藤さん、子どもたちに大人気ですね!」


「そうかな……」


「はい! やっぱりトナカイさんは必要なんですね!」


「……それ、大久保さんにも言われたよ」


「ふふっ。来年もトナカイさんですね!」


「まだ来年の話は早いだろ!」


 シャロさんは楽しそうに笑って、自分の仕事へ戻っていった。


 入れ替わるように、猫山さんがやってくる。


「先輩、人気者ですね?」


「おかげさまでな」


「よかったですね。これなら来年もトナカイ役で決まりです!」


「決めるな!」


「来年は、もっと立派な角をつけてもらいましょうね」


「余計なお世話だ!」


 猫山さんは満足そうに笑い、自分の持ち場へ戻っていった。


 ……こいつ、今日一日ずっとこの調子なのか。


 先が思いやられる。


***


 昼のピークが過ぎ、ようやく少し落ち着いた頃。


 俺はバックヤードで短い休憩を取っていた。


 トナカイのカチューシャを外し、椅子に腰を下ろす。


「……疲れた」


 仕事そのものより、周囲に笑われ続けたせいで疲れた気がする。


「先輩、お疲れさまです」


 声のした方を見ると、サンタ姿の猫山さんが飲み物を持って立っていた。


「おう。猫山さんもお疲れ」


 猫山さんは俺の隣に腰を下ろした。


「イベント、思っていたより忙しいですね」


「だろ? 去年もこんな感じだったよ」


「でも、楽しいですね。お客さんも喜んでくれてますし」


「そうだな」


 猫山さんは、少し満足そうに笑った。


「……先輩が言っていたこと、ちょっとわかった気がします」


「何が?」


「準備は大変でも、当日になると楽しいってことです」


「それならよかった」


「はい」


 少しだけ沈黙が流れた。


 すると、猫山さんがこちらを向いた。


「……ところで、先輩」


「ん?」


「今日、私のこと可愛いって言いましたよね?」


「……言ったけど」


「もう一回、言ってくれません?」


「……は?」


「だって、せっかくのクリスマスですから。サンタさんへのお願いってことで」


「自分でサンタって言うのかよ」


「いいじゃないですか。お願い、聞いてくれないんですか?」


 猫山さんは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


 ……こいつ、本当に遠慮がない。


「……可愛いよ」


 観念して、俺は答えた。


 すると、猫山さんの笑顔がぴたりと止まった。


「……っ」


 頬が、みるみる赤くなっていく。


「……猫山さん?」


「な、何ですか……」


「いや、言わせたのはお前だろ」


「そ、それは……そうですけど……!」


 猫山さんは顔をそらした。


 さっきまでの余裕はどこへやら。


 その反応を見ていると、少しだけ意地悪をしたくなる。


「なんだよ。自分で言わせておいて、照れてるのか?」


「……うるさいです!」


「ははっ」


「笑わないでください!」


 猫山さんは頬を赤くしたまま、俺の腕を軽く叩いた。


 けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。


 ……まったく。


 やっぱり、こいつは生意気だ。


 でも、こうして少しずつ本音を見せてくれるのは、悪くない。


「ほら、そろそろ戻るぞ」


「……はい」


 猫山さんはまだ少し赤い顔のまま、立ち上がった。


 そして、バックヤードを出る直前。


「……先輩」


「ん?」


「今日は、最後まで一緒に頑張りましょうね」


 振り返った彼女は、いつもの生意気な笑みを浮かべていた。


「……おう。任せとけ」


 俺が答えると、猫山さんは満足そうにうなずいた。


 俺は再びトナカイのカチューシャをつけ、店内へ戻る。


 ……今日一日、あと何回笑われることになるんだろう。


 隣では、サンタ姿の猫山さんが楽しそうに笑っている。


 その顔を見ていると、なんだかんだで、このクリスマスイベントも悪くないと思えてきた。


 ……ただし。


「先輩、トナカイさん。次のお仕事ですよ?」


「その呼び方やめろ!」


「ふふっ。頑張りましょうね、トナカイ先輩!」


 やっぱり、こいつは生意気だ。


 ――猫山さん。いつか絶対、わからせてやるからな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。