第19話 猫山さんとクリスマスの準備
十二月も半ばに差しかかった頃。
街では、少しずつクリスマスの気配が濃くなっていた。
そして、俺たちの働く店でも、店内の飾りつけやイベントの準備が始まろうとしていた。
そんなある日の朝礼で、店長から発表があった。
「今年もクリスマスイベントを開催する。去年と同じく、店内の装飾や当日の準備を進めていくから、みんな協力してくれ」
「了解です!」
元気よく返事をする大久保さん。
その隣では、桜場さんと佐々木さんも慣れた様子でうなずいていた。
「もうそんな時期かあ。去年も準備が大変だったよね」
桜場さんが懐かしそうに言う。
「そうそう。飾りつけだけじゃなくて、当日のことも考えないといけないからね」
佐々木さんも苦笑した。
俺も去年のことを思い出し、思わずうなずく。
クリスマスイベントは毎年恒例の行事だ。準備するものも多いし、当日は普段以上に忙しくなる。
去年もなかなか大変だった。
……まあ、今年は去年とは違う意味で、少し気になることがあるのだが。
「クリスマスイベント、ですか?」
隣から聞こえてきた声に目を向ける。
猫山さんが、興味深そうに店長を見ていた。
「はい! 私、こういうイベントは初めてなので、ちょっと楽しみです!」
シャロさんも、いつもの柔らかな笑顔を浮かべている。
そういえば、この二人にとっては初めてのクリスマスイベントだった。
「そっか。猫山さんたちは初めてだもんね」
大久保さんが二人に声をかける。
「はい! 去年はどんな感じだったんですか?」
シャロさんが興味津々といった様子で尋ねた。
「結構にぎやかだったよ。準備は大変だけど、その分、お客さんにも喜んでもらえるからね」
「へえ……! それは楽しみです!」
シャロさんは目を輝かせた。
一方、猫山さんも店内の装飾をちらちらと眺めている。
「猫山さんも、クリスマスイベントは楽しみか?」
俺が小声で尋ねると、彼女はすぐにこちらを向いた。
「もちろんですよ。初めてなんですから、気になるに決まってるじゃないですか」
「へえ。珍しく素直だな」
「……先輩、私を何だと思ってるんですか?」
「生意気で、人をからかうのが好きな後輩」
「それ、褒めてませんよね?」
「事実を言っただけだ」
「ほんと、一言多いんですから」
猫山さんはむっとした顔をしたが、すぐに店内へ視線を戻した。
「でも……どんなイベントになるのか、ちょっと楽しみです」
ぽつりとこぼした言葉は、いつものからかうような口調とは違っていた。
どうやら、本人も本当に楽しみにしているらしい。
「じゃあ、準備を始めよう。近藤くんと猫山さんは、倉庫から装飾品を確認して持ってきてくれるか?」
「わかりました」
「はい、店長」
俺と猫山さんは返事をして、倉庫へ向かった。
***
「えーっと、クリスマスツリーに、リースに、電飾……」
倉庫に着くと、俺は去年の記憶を頼りに必要なものを確認していく。
棚には、クリスマス用の飾りが入った箱がいくつも並んでいた。
「先輩、ずいぶん慣れてますね」
「去年もやったからな。何がどこにあるか、だいたい覚えてるんだよ」
「なるほど。さすが先輩です」
「……なんか、素直に褒められると調子が狂うな」
「褒めてますよ? 私、先輩のことはちゃんと評価してますから」
猫山さんは、にこっと笑った。
絶対に、からかうつもりで言っている。
「はいはい。ありがとな」
「ふふっ。どういたしまして」
まったく、相変わらず生意気な後輩だ。
俺たちは箱を一つずつ開け、中身を確認していった。
去年使った装飾品も、きちんと片づけて保管してある。破損していないか、電飾が点灯するか、確認することは意外と多い。
しばらく作業を続けていると、猫山さんが一つの箱を開けた。
「あ、これ可愛いですね」
彼女が手に取ったのは、小さな雪だるまの飾りだった。
「それ、去年も使ったやつだな」
「へえ、そうなんですか」
猫山さんは雪だるまを手のひらに乗せ、いろいろな角度から眺めている。
「猫山さん、そういう可愛いもの好きなのか?」
「……悪いですか?」
「いや、別に。意外だなと思っただけ」
「先輩って、私のことを勝手に決めつけますよね」
「そうか?」
「そうですよ。こう見えて、可愛いものだって好きなんですから」
少しむきになって言い返す猫山さん。
その様子がおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。
「何笑ってるんですか?」
「いや。楽しそうだなと思って」
「……初めてなんですから、少しくらい楽しみにしたっていいじゃないですか」
そう言って、猫山さんは少しだけ視線をそらした。
「もちろん。楽しんでくれたらいいと思うぞ」
「……ふうん」
猫山さんは俺をちらりと見た。
「先輩も、ちゃんと楽しませてくださいね?」
「なんで俺に限定するんだよ」
「だって、先輩は去年も経験してるんでしょう? 頼りにしてますから」
さらっと言われて、返事に詰まった。
……そういうことを、こいつは平気で言う。
「わかったわかった。できる範囲でな」
「はい。期待してます」
猫山さんは満足そうに笑った。
俺たちは確認を終えた装飾品を箱にまとめ、店内へ運ぶことにした。
***
店内に戻ると、大久保さんたちも飾りつけの準備を進めていた。
「お、持ってきてくれた? ありがとう!」
大久保さんが箱を受け取り、中身を確認する。
「ひとまず、確認できた分です。残りも倉庫で確認してきます」
「助かるよ。じゃあ、こっちは飾りつけを始めておくね」
俺がうなずくと、猫山さんは箱の中からリースを取り出した。
「私も飾りつけを手伝いますね」
「うん、お願い!」
大久保さんに返事をして、猫山さんは店内へ向かった。
俺は一人で倉庫へ戻り、残っている装飾品の確認を続けることにした。
店内では、桜場さんと佐々木さんが装飾を広げていた。
「この電飾、去年も使ったやつだよね?」
「そうそう。ちゃんと点くか、あとで確認しないとね」
二人とも手慣れた様子で作業を進めている。
一方、シャロさんは飾りの配置を考えているらしく、店内を見回していた。
「うーん……ツリーはこっちのほうが目立ちますかね?」
「そうだね。お客さんの通り道をふさがないようにすれば、そっちでもいいと思うよ」
佐々木さんが丁寧に説明すると、シャロさんは真剣な顔でうなずいた。
「なるほど……! じゃあ、こっちに飾りを置けば、もっと華やかになりますね!」
ところが、勢いよく手を伸ばした拍子に、近くに置いてあった飾りの箱が傾いた。
「あっ!」
シャロさんが慌てて箱を押さえる。
幸い、中身が飛び出すことはなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。びっくりしたね」
桜場さんが笑いながら箱を整える。
「す、すみません……! 私、こういう準備に慣れていなくて……」
「最初はそんなものだよ。ゆっくりやれば大丈夫」
佐々木さんに励まされ、シャロさんはほっと胸をなで下ろした。
「ありがとうございます! 頑張ります!」
そんなやり取りをしている間にも、店内の飾りつけは着々と進んでいった。
倉庫で残りの装飾品を確認していた俺は、必要な箱を抱えて店内へ戻った。
すると、猫山さんがちょうど雪だるまの飾りを手にしていた。
「先輩」
「ん?」
「これ、どこにつけるのがいいと思います?」
「それなら、ツリーの近くでいいんじゃないか?」
「わかりました。じゃあ、先輩が見えるところに飾っておきますね」
「なんでだよ」
「だって、先輩にも見てもらいたいですから」
猫山さんは悪戯っぽく笑う。
「……はいはい。好きにしてくれ」
「ふふっ。そうします」
そう言って、彼女は雪だるまをツリーのそばに飾った。
飾りの位置を少し調整してから、満足そうにうなずいている。
俺はその様子を横目に、運んできた箱を所定の場所に置いた。
***
残りの装飾品も確認して運び終える頃には、店内の雰囲気もすっかりクリスマスらしくなっていた。
入口のリースに、壁の装飾。店の一角にはクリスマスツリーも飾られ、さっきまでとは見違えるようだ。
「おお、いい感じになったね!」
大久保さんが満足そうに店内を見渡す。
「去年と比べても、なかなかいいんじゃない?」
桜場さんの言葉に、佐々木さんもうなずいた。
「うん。当日が楽しみだね」
その言葉を聞いて、シャロさんも嬉しそうに笑った。
「私も楽しみです! どんな一日になるんでしょう?」
「忙しくなるのは間違いないけどね」
俺がそう言うと、猫山さんが隣から顔をのぞかせた。
「先輩、そういうこと言ってると、楽しみな気持ちが減っちゃいますよ?」
「いや、忙しいのは本当だからな」
「それでも、楽しみなものは楽しみです」
猫山さんは、飾りつけの終わったツリーを見上げた。
普段は何かと俺をからかってくる彼女も、今は目の前の景色を素直に楽しんでいるようだった。
「……まあ、そうだな」
俺もツリーを見上げる。
去年も経験したイベントだ。準備の大変さも、当日の忙しさも知っている。
それでも今年は、少し違う。
猫山さんがいて、シャロさんがいて。
去年とは違う顔ぶれで迎えるクリスマスは、きっとまた違った一日になるのだろう。
「先輩?」
「ん?」
「何、ぼーっとしてるんですか?」
「いや、なんでもない」
「ふうん?」
猫山さんは俺の顔をのぞき込んでから、にやりと笑った。
「もしかして、クリスマスイベントで私と一緒に働けるのが楽しみだったりして?」
「……誰がそんなこと言った」
「言ってませんけど、否定するのが早いですね?」
「お前なあ……」
「ふふっ。やっぱり先輩は面白いです」
そう言って、猫山さんは楽しそうに笑った。
まったく、最後まで生意気な後輩だ。
けれど、今年のクリスマスは、去年よりも少しだけ楽しみかもしれない。
俺はそんなことを思いながら、もう一度、飾りつけの終わった店内を見渡した。
クリスマスイベントまで、あと少し。
今年はきっと、いつもより騒がしくて、少しだけ特別なクリスマスになりそうだ。




