第18話 猫山さんの大事な物
休憩時間。
私は休憩室に向かう途中、ふと足を止めました。
扉の向こうから、誰かの楽しそうな声が聞こえたからです。
「……ふふっ」
あれ?
今の声は、猫山さんでしょうか。
気になってそっと中を覗いてみると、猫山さんが休憩室のソファに座り、スマートフォンの画面を見つめていました。
しかも、その表情はいつもと違います。
普段の猫山さんは、どこか余裕たっぷりで、近藤さんをからかっては楽しそうに笑っています。
なのに、今は頬を緩めて、幸せそうにニヤニヤしているのです。
「……えへへ」
……えっ?
猫山さんが、こんなふうに笑うなんて!
私は思わず目を丸くしました。
いったい何を見ているのでしょうか。
これは、気になります!
「猫山さん、何を見ているんですか?」
「ひゃっ!?」
突然声をかけたせいか、猫山さんは肩を跳ねさせました。
慌ててスマートフォンを胸元に引き寄せ、こちらを振り返ります。
「シャ、シャロさん!? いつからそこにいたんですか!?」
「今来たところですよ。それより、何を見ていたんですか?」
「な、何でもないです!」
即答でした。
しかも、スマートフォンを隠すように抱えています。
……これは、何かありますね!
「えー、気になります。ちょっとだけ見せてください!」
「だ、駄目です!」
「どうしてですか?」
「どうしてもです!」
猫山さんは必死にスマートフォンを守っています。
いつもの余裕はどこへ行ってしまったのでしょうか。
私は首をかしげました。
「もしかして、誰にも見せられないようなものですか?」
「ち、違います! 変なものじゃありませんから!」
「じゃあ、見せても大丈夫ですよね?」
「うっ……!」
猫山さんは言葉に詰まりました。
しばらく私とスマートフォンを交互に見比べていましたが、やがて諦めたように小さくため息をつきました。
「……わかりました。少しだけですよ?」
「はい!」
猫山さんは渋々、スマートフォンの画面をこちらに向けました。
そこに映っていたのは、一匹の白猫のぬいぐるみでした。
丸い目に、ふわふわの白い毛。
どこか愛嬌のある顔をした、とても可愛らしいぬいぐるみです。
「あっ、可愛い!」
思わず声を上げると、猫山さんは嬉しそうに口元を緩めました。
「……そうでしょう!」
「猫山さん、このぬいぐるみが好きなんですか?」
「はい。とっても可愛いですし……大切なものなんです」
そう言った猫山さんの声は、いつもより少し柔らかいものでした。
からかうような調子も、強がるような態度もありません。
ただ、本当に大切に思っていることが伝わってきました。
「そうなんですね。大切なものなんですね!」
「……そうです」
猫山さんは、照れくさそうにしながらも、はっきりとうなずきました。
その様子を見て、私はあることを思いつきました。
もしかして、このぬいぐるみ……近藤さんにもらったものなのではないでしょうか?
先日のお休み、二人は映画を見に行ったあと、ゲームセンターにも寄ったと言っていました。
もしかすると、そこで何かあったのかもしれません。
私は、少しだけ意地悪な質問をしてみることにしました。
「……もしかして、それ、近藤さんにもらったものですか?」
「っ!?」
猫山さんの肩が、びくっと跳ねました。
あっ。
これは、当たりかもしれません!
「な、ななな、何を言ってるんですか!?」
「えっ、違うんですか?」
「ち、違……っ! いえ、その……!」
猫山さんは顔を赤くして、言葉を詰まらせました。
普段はあんなに堂々としているのに、近藤さんのことになると、どうしてこんなにわかりやすいのでしょう。
「ふふっ。やっぱり、近藤さんからのプレゼントなんですね?」
「ち、違います! これは、その……!」
「その?」
「……ゲームセンターで、取ってもらっただけです!」
猫山さんは勢いよく言い切りました。
けれど、言った直後にはっと口を押さえます。
「あっ……!」
……なるほど。
やっぱり、そういうことだったんですね!
「ゲームセンターで取ってもらったんですか! 素敵ですね!」
「す、素敵とか、そういうんじゃありませんから!」
「でも、そんなに嬉しそうに写真を見ていたじゃないですか」
「そ、それは……ぬいぐるみが可愛いからです!」
「ぬいぐるみが、ですか?」
「そうです! この子が可愛いからです!」
猫山さんはスマートフォンの画面を指さしながら、必死に主張しました。
私は思わず笑みをこぼしました。
「ふふっ。猫山さんって、近藤さんのことになると可愛いですね」
「なっ……!?」
猫山さんは目を見開きました。
「か、可愛いって……! 私はいつも通りです!」
「そうですか? さっきは、とっても幸せそうな顔をしていましたよ?」
「そ、それは見間違いです!」
「えー? でも、えへへって笑っていましたよ?」
「わ、忘れてくださいっ!」
猫山さんは両手で顔を覆ってしまいました。
いつもの生意気な笑みは、すっかり消えています。
……やっぱり、お二人は特別な関係なのかもしれません。
少なくとも、猫山さんにとって近藤さんは、ただからかって遊ぶだけの相手ではないのでしょう。
そんなことを考えていると、猫山さんが指の隙間からこちらをちらりと見ました。
「……シャロさん」
「はい?」
「今のこと、誰にも言わないでくださいね」
その声は、いつになく真剣でした。
私はすぐにうなずきます。
「もちろんです! 誰にも言いません!」
「……本当ですよ?」
「はい。約束します!」
私が笑顔で答えると、猫山さんはほっとしたように息を吐きました。
そして、スマートフォンを大事そうに胸元へ抱き寄せます。
「……近藤先輩との、大切な思い出なんですから」
猫山さんは、誰に聞かせるでもなく、小さな声でそうつぶやきました。
その頬は、まだほんのり赤いままでした。
私は思わず微笑みます。
きっと、このぬいぐるみを見るたびに、あの日のことを思い出すのでしょう。
近藤さんと過ごした、特別な一日を。
……うん。
このことは、私だけの秘密にしておきます。
お二人の関係がこれからどうなっていくのか、ますます楽しみになってきました。




