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猫山さんをわからせたい!  作者: ウチぬっこ
第二章 猫山さんと、新しい新人

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16/22

第16話 猫山さんと映画デート?

休日。


 俺は、待ち合わせ場所の映画館前でスマートフォンを確認していた。


 待ち合わせ時刻までは、あと五分。


 ……少し早く着きすぎたか。


 いや、別に楽しみにしていたわけじゃない。


 猫山さんと映画を見て、話をする。それだけだ。


 そう自分に言い聞かせていると、不意に後ろから声をかけられた。


「先輩、お待たせしました!」


「おう、猫山さ……」


 振り返った俺は、思わず言葉を失った。


「……え?」


 落ち着いた色合いのブラウスに、ふんわりとしたスカート。髪もいつもより丁寧に整えられていて、小さなアクセサリーやバッグまで、全体の雰囲気によく合っている。


 派手すぎないのに、目を引く。


 いつもは生意気な笑みを浮かべている彼女も、今日はどこか大人っぽく見えた。


 ……いや、待て。


 普通に、ものすごく可愛いんだが。


「……先輩?」


「あっ、いや……」


 俺の視線に気づいた猫山さんが、不思議そうに首を傾げる。


 その仕草まで、いつも以上に可愛く見えてしまった。


 まずい。


 何か言わないと、いつまでも見惚れていたことがバレる。


「きょ、今日はすごくオシャレだな」


「……え?」


「いや、その……可愛いと思う」


 口にした瞬間、自分で言っておいて恥ずかしくなった。


 ……何を正直に言っているんだ、俺は。


 せめて、もう少し言い方があっただろ。


 恐る恐る猫山さんを見ると、彼女は目を丸くして固まっていた。


「そ、そうですか……?」


「ああ。すごく似合ってるよ」


「…………っ」


 猫山さんは、ぷいっと顔を背けた。


「べ、別に……普通ですけど」


「そうか?」


「そうです!」


 いつもの調子で言い返してくるものの、耳が赤い。


 そして、俺から顔が見えないように少しうつむくと、口元をきゅっと緩めた。


 ……何だ?


 今、笑ったような。


「猫山さん?」


「な、何ですか!」


「いや、何でもないけど……」


「だったら、早く行きましょう! 映画、始まっちゃいますよ!」


 猫山さんは、俺の返事を待たずに映画館の入口へ向かっていった。


 その足取りは、どこか弾んでいるように見えた。


 ……まあ、気のせいだろう。


 たぶん。


 ***


 映画館に入った俺たちは、まず上映作品の一覧を確認することにした。


「何を見るか、決めてきたか?」


「いえ。先輩と一緒に選ぼうと思って」


「そうか。俺も迷ってな……」


 アクション、ミステリー、ファンタジー。


 いろいろなジャンルの作品が並んでいる。


 せっかくなら、気楽に楽しめるものがいい。


 そう思っていた俺の隣で、猫山さんがあるポスターを指さした。


「先輩、これがいいです!」


「ん?」


 指の先にあったのは、恋愛映画だった。


 男女の主人公が見つめ合う、いかにも甘そうなポスター。


「……恋愛もの?」


「はい! 面白そうじゃないですか?」


「いや、まあ……そうかもしれないけど」


 正直、普段はあまり見ないジャンルだ。


 もっと気楽に笑える映画を想像していたのだが。


「先輩、もしかして恋愛映画は苦手なんですか?」


「苦手っていうか、あんまり見ないだけだよ」


「ふうん……?」


 猫山さんは、にやりと笑った。


「もしかして、こういうのを見ると恥ずかしくなっちゃうんですか?」


「なっ……! そんなわけないだろ!」


「じゃあ、これにしましょう!」


「いや、話を聞け!」


「決まりですね!」


 猫山さんは、さっさと上映時間を確認している。


 ……こいつ、最初からこれを見るつもりだったんじゃないだろうな。


 俺の抗議もむなしく、結局、俺たちはその恋愛映画を見ることになった。


 ***


 映画が始まってしばらくは、思っていたよりも普通に楽しめていた。


 主人公たちが出会い、少しずつ距離を縮めていく。


 不器用な二人がすれ違いながらも、互いを意識していく展開は、なかなかよくできていた。


 ……まあ、悪くない。


 そう思っていたのだが。


 物語が終盤に差しかかったところで、雰囲気が一変した。


 主人公たちが互いの気持ちを確かめ合い、熱のこもったキスを交わす。


 しかも、一度離れたかと思えば、また抱きしめ合って、なかなか終わらない。


「…………」


 俺は、そっと背筋を伸ばした。


 隣を見るわけにもいかない。


 かといって、スクリーンから目をそらすのも不自然だ。


 ……どうすればいいんだ、これ。


 ふと、隣から小さな物音が聞こえた。


 ちらりと視線を向けると、猫山さんがポップコーンの箱を両手で抱えていた。


 スクリーンを見つめているものの、頬が赤い。


 目が合いそうになった瞬間、彼女は慌てて前を向いた。


 ……もしかして、猫山さんも気まずいのか?


 いや、そもそも、この映画を選んだのは猫山さんだ。


 だったら、平気なんじゃないのか。


 そう考えているうちに、またスクリーンから甘い台詞が聞こえてきた。


 俺は、そっと視線を戻した。


 隣の猫山さんも、同じタイミングで姿勢を正した。


 ……なんだ、この空気。


 映画の内容が頭に入ってこない。


 さっきまで普通に楽しめていたはずなのに、今は隣に猫山さんがいることばかり意識してしまう。


 ようやくエンドロールが流れ始めたとき、俺は心の底から安堵した。


「……終わったな」


「……そうですね」


 エンドロールが終わり、館内の照明がつくと、俺たちは気まずそうに顔を見合わせた。


「ど、どうだった?」


 とりあえず感想を聞いてみる。


「……面白かったです」


「そ、そうか。俺も、まあ……よかったと思う」


「……はい」


「…………」


「…………」


 会話が続かない。


 いや、映画の感想くらい、もう少し何かあるだろ。


 けれど、あの場面のことを思い出すと、どうにも言葉が出てこなかった。


 猫山さんも同じなのか、いつものようにからかってくる様子はない。


 その沈黙が、かえって気になってしまう。


「……そろそろ出るか」


「そうですね」


 俺たちは連れ立って映画館を出た。


 ***


 外に出ると、まだ日は高かった。


 映画を見終わったばかりだというのに、帰るには少し早い。


「このあと、どうする?」


 俺が尋ねると、猫山さんは少し考えたあと、ぱっと顔を上げた。


「ゲームセンター、寄りませんか?」


「ゲームセンター?」


「はい! せっかく来たんですし、少し遊んでいきましょうよ」


「まあ、それくらいならいいけど」


「決まりですね!」


 猫山さんは、今度こそいつもの笑顔を見せた。


 映画の気まずさから解放された俺も、少しほっとする。


 こうして二人で遊ぶのも、悪くないかもしれない。


 ……仲直りのためのお出かけなんだから、これくらいは普通だろう。


 俺たちは近くのゲームセンターへ向かった。


 ***


 ゲームセンターに入ると、猫山さんは目を輝かせながら店内を見回した。


「わあ、いろいろありますね!」


「そうだな。クレーンゲームも結構あるな」


「……あっ!」


 突然、猫山さんが声を上げた。


 彼女の視線の先には、大きなクレーンゲームがあった。


 中には、ふわふわした白い猫のぬいぐるみが入っている。丸い目に小さなピンクの鼻、首元には可愛らしいリボンまでついていた。


「可愛い……!」


 猫山さんは、ガラスに近づいてぬいぐるみを見つめた。


 その表情は、仕事中に見せる生意気な顔とはまるで違う。


 純粋に欲しいものを見つけた子どものようだった。


「欲しいのか?」


「べ、別に? ちょっと可愛いなって思っただけです」


 そう言いながらも、猫山さんの視線はぬいぐるみから離れない。


「……やってみれば?」


「言われなくても、そのつもりです!」


 猫山さんは財布を取り出し、クレーンゲームに挑戦した。


 慎重にアームを動かし、ぬいぐるみの頭のあたりを狙う。


 アームが下りて、ぬいぐるみをつかんだ。


「おっ!」


 持ち上がったぬいぐるみは、少しだけ動いたものの、すぐに滑り落ちてしまった。


「ああっ! 惜しい!」


「もうちょっとだったな」


「次こそ取ります!」


 猫山さんは、再び挑戦した。


 しかし、今度はアームがうまく引っかからず、ほとんど動かない。


「……あれ?」


 もう一度。


 今度は横から狙ってみる。


 それでも、ぬいぐるみは少し揺れるだけだった。


「…………」


 猫山さんの眉間に、じわじわとしわが寄っていく。


「……なんで取れないんですか」


「クレーンゲームって、意外と難しいからな」


「分かってます! でも、もうちょっとで取れそうなのに……!」


 その後も何度か挑戦したが、ぬいぐるみはびくともしなかった。


 猫山さんは、とうとう肩を落とした。


「……もう少しなのに」


 その声が、思った以上にしょんぼりしていたので、俺は思わず笑いそうになった。


 ……いや、笑うのはさすがに失礼か。


「猫山さん、ちょっと貸してみな」


「え?」


「俺も一回やってみるよ」


「……先輩、取れるんですか?」


「いや、分からないけど」


「そうですか……。じゃあ、お願いします」


 猫山さんは、少し期待するような目で俺を見た。


 ……そんな目をされると、失敗しづらいんだが。


 俺は硬貨を入れ、ぬいぐるみの位置を確認した。


 さっきまで猫山さんが狙っていた場所ではなく、少し横にずらしてアームを合わせる。


 この手のクレーンゲームは、ぬいぐるみを持ち上げるより、うまく引っかけて出口側へずらすほうがいい。


 狙いを定めて、ボタンを押した。


 アームが下りる。


 ぬいぐるみの首元に引っかかり、少しずつ出口側へと引き寄せていく。


「おっ……!」


 ぬいぐるみが出口の近くまで動いた。


 もう少し。


 アームが持ち上げた拍子に、ぬいぐるみが転がり――。


 ぽとん。


 取り出し口に、白いぬいぐるみが落ちた。


「……取れた」


「えっ!?」


 猫山さんが、驚いた声を上げた。


「と、取れたんですか!?」


「うん。ほら」


 俺が取り出し口からぬいぐるみを取り、差し出す。


 すると、猫山さんは目を輝かせた。


「わあ……!」


 両手でぬいぐるみを受け取ると、ぎゅっと胸に抱きしめる。


「可愛い……! ありがとうございます、先輩!」


 満面の笑みだった。


 いつものようにからかうこともなく、ただ純粋に喜んでいる。


 その笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってきた。


「気に入ったならよかったよ」


「はい! 大事にします!」


 猫山さんは、ぬいぐるみの顔をじっと見つめた。


 それから、何かを思いついたように、ぱっと俺のほうを向いた。


「……そうだ!」


「ん?」


「この子、名前をつけましょう!」


「名前?」


「はい!」


 猫山さんは、ぬいぐるみを両手で持ち上げ、真剣に考え始めた。


「うーん……。何がいいかな……」


 しばらく悩んでいた彼女は、やがて満足そうに頷いた。


「決めました!」


「お、何にしたんだ?」


「近藤先輩です!」


「…………は?」


 思わず、間の抜けた声が出た。


「いや、待て。なんで俺の名前なんだよ!」


「だって、先輩が取ってくれたんですから!」


「いや、だからって……」


「それに、先輩みたいに頼りになりますし!」


「ぬいぐるみが俺みたいに頼りになるって、どういう意味だよ……」


「ふふっ。いいじゃないですか!」


 猫山さんは楽しそうに笑った。


 そして、ぬいぐるみをもう一度ぎゅっと抱きしめる。


「近藤先輩、大事にしますね!」


「……その名前で呼ぶの、やめてくれない?」


「嫌です♪」


 即答だった。


 ……まったく。


 せっかくいい話だったのに、最後はこれか。


 けれど、猫山さんがあまりにも嬉しそうなので、強く言い返す気にはなれなかった。


 ***


 そのあとも、俺たちはゲームセンターを少し見て回った。


 猫山さんは、ぬいぐるみを大事そうに抱えたまま、いくつかのゲームを眺めていた。


 ときどき俺に話しかけてきて、さっきまでの気まずさが嘘のように、いつもの調子で笑っていた。


 映画を見ている間は、どうなることかと思ったけれど。


 こうして一緒に遊んでいると、案外楽しい。


 ……いや、案外どころじゃないかもしれない。


 猫山さんが笑うたびに、つられてこちらも笑ってしまう。


 そんな時間が、思っていた以上に心地よかった。


 やがて、帰る時間になった。


「今日はありがとうございました、先輩!」


 駅へ向かう途中、猫山さんがぬいぐるみを抱えたまま言った。


「映画も楽しかったですし、ゲームセンターにも行けましたし!」


「それならよかったよ」


「それに……」


「ん?」


 猫山さんは、少しだけ頬を赤くして、ぬいぐるみの頭を撫でた。


「……先輩に、可愛いって言ってもらえましたし」


「え?」


「な、何でもありません!」


 猫山さんは慌てて顔を背けた。


「それじゃあ、またお店で!」


「ああ。またな」


「はい! お疲れさまです!」


 猫山さんは笑顔で手を振り、駅の改札へ向かっていった。


 その腕の中には、白い猫のぬいぐるみが大事そうに抱えられている。


 ……本当に、嬉しかったんだな。


 そう思うと、自然と頬が緩んだ。


 俺も帰ろうと歩き出す。


 今日のことを、頭の中で振り返ってみる。


 待ち合わせ場所で見た、いつもよりずっと可愛い猫山さん。


 褒めたときに赤くなった顔。


 恋愛映画を見ている間の、妙に気まずい空気。


 ゲームセンターでぬいぐるみを取ったときの、あの満面の笑み。


 そして、ぬいぐるみに俺の名前をつけて、大事にすると言ってくれたこと。


「…………」


 ……あれ?


 これって。


 俺は足を止めた。


 仲直りのために映画へ誘ったはずだった。


 なのに、気づけば二人で映画を見て、ゲームセンターで遊んで、笑い合っていた。


 しかも、あんなに嬉しそうな猫山さんの顔まで見られた。


「……今日は、本当にデートみたいだったな」


 ぽつりと呟いてから、俺は慌てて首を振った。


「いやいや! 違うだろ!」


 誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。


 ただ――。


 次に猫山さんと会うのが、少しだけ楽しみになっている自分がいた。

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