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猫山さんをわからせたい!  作者: ウチぬっこ
第二章 猫山さんと、新しい新人

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15/22

第15話 猫山さんと仲直り

翌日。


 俺は出勤して早々、頭を抱えていた。


 原因はもちろん、昨日の出来事だ。


 猫山さんに押し倒され、あろうことか、その現場をシャロさんに目撃されてしまった。


 しかも、あの天然な新人は、俺と猫山さんが親しい関係なのだと完全に誤解している。


 ……頼むから、変な噂になっていませんように。


「近藤さん!」


「うおっ!?」


 背後から元気な声が飛んできて、俺は思わず肩を跳ねさせた。


 振り返ると、そこにはシャロさんがいた。


「お、おはよう、シャロさん」


「おはようございます!」


 相変わらず、朝から元気いっぱいだ。


 ……いや、そんなことより。


「あのさ、シャロさん。昨日のことなんだけど……」


「昨日のこと、ですか?」


「ほら、スタッフルームで見た……あれ」


 俺が気まずそうに言うと、シャロさんは「ああ!」と手を叩いた。


「猫山さんとのことですね!」


「声が大きい!」


「あっ、すみません!」


 シャロさんは慌てて口元を押さえた。


 周囲を見回すと、幸い、近くにいたスタッフはそれぞれ仕事の準備をしていて、こちらの会話を気にしている様子はなかった。


 俺はほっと胸をなで下ろす。


「えっとな、昨日のあれは本当に事故なんだ。俺と猫山さんは、別にそういう関係じゃないから」


「そうなんですか?」


「そうだよ。猫山さんがちょっと感情的になって、それで転んだだけ。別にやましいことは何もない」


「なるほど……!」


 シャロさんは真剣な顔で頷いた。


 よかった。


 これで誤解も解けただろう。


 そう思ったのも束の間。


「でも、お二人はとってもお似合いだと思います!」


「……は?」


 思わず間の抜けた声が出た。


「いや、だから付き合ってないって」


「はい! それは分かりました!」


「分かってないだろ!」


 シャロさんは不思議そうに首を傾げた。


「だって、猫山さんは近藤さんとお話ししているとき、すごく感情豊かじゃないですか!」


「……そうか?」


「はい! 普段はすごく堂々としているのに、近藤さんとお話ししているときは、怒ったり、照れたり……とっても仲がいいんだなって思います!」


「いや、それは……」


 言われてみれば、否定しづらい。


 猫山さんは、俺に対して遠慮というものがほとんどない。


 そのせいで、毎日のように振り回されているわけだが。


「それに、昨日も猫山さん、すごく顔が赤かったですよね!」


「それは事故だったからだろ……」


「ふふっ。そういうことにしておきます!」


「いや、そういうことなんだって!」


 シャロさんは、楽しそうに笑った。


 ……この子、本当に話を聞いているんだろうか。


「でも、近藤さん」


「ん?」


「猫山さん、昨日は少し悲しそうにも見えました」


「……悲しそう?」


「はい。怒っているようにも見えましたけど、なんだか、近藤さんに分かってほしいことがあるような感じがして」


 その言葉に、俺は少し考え込んだ。


 昨日の猫山さんは、確かにいつもと違っていた。


 普段なら、言いたいことがあれば遠慮なく口にする。


 それなのに、昨日は何かを言いかけては、途中でやめていた。


 最後には、俺のことを「ばか」とまで罵っていたが……。


「……まあ、何かあったのかもしれないな」


「そうですよね!」


 シャロさんは、ぱっと顔を明るくした。


「だから私、お二人が仲直りできるようにお手伝いします!」


「……はい?」


「近藤さんから、猫山さんをお出かけに誘うんです!」


「なんでそうなるんだよ!?」


 思わず声が裏返った。


 仲直りをするのと、二人で出かけるのとでは、話が違うだろう。


「いやいや、普通に謝ればいいだけだろ!」


「でも、お出かけなら、ゆっくりお話しできますよ!」


「仕事が終わってからでも話せるだろ!」


「お仕事中は忙しいですし、休憩時間も短いですから!」


「それはそうだけど……」


「それに!」


 シャロさんは、なぜか得意げに胸を張った。


「お二人は、もっと仲良くなったほうがいいと思います!」


「……シャロさん、俺の話、聞いてる?」


「はい! ちゃんと聞いています!」


 満面の笑みだった。


 駄目だ。


 この子、完全に自分の中で話を進めている。


「とにかく、近藤さん! 頑張ってくださいね!」


「いや、だから……」


「応援しています!」


 シャロさんはぺこりと頭を下げると、軽い足取りで持ち場へ向かっていった。


 ……どうしてこうなった。


 俺は額に手を当てた。


 仲直りの手伝いをしてくれるのはありがたい。


 ありがたいのだが、なぜその方法が二人で出かけることになるんだ。


 しかも、相手はあの猫山さんである。


 俺をからかうことに関しては、右に出る者がいない生意気な後輩だ。


 そんな相手を、わざわざ休日に誘うなんて。


「……はぁ」


 考えただけで、ため息が出た。


 けれど。


 昨日の猫山さんの様子が、どうにも気になっていたのも事実だった。


 俺が何か、彼女の気に障ることをしてしまったのだろうか。


 もしそうなら、一度きちんと話をしたほうがいいのかもしれない。


 ……映画に誘って、ちゃんと話をするくらいなら、別にいいか。


 そう考えた自分に、俺は少しだけ驚いた。


 ***


 その日の仕事も、なんとか無事に終わった。


 シャロさんは相変わらず少しおっちょこちょいだったが、昨日よりも確実に仕事を覚えている。


 教育係としては喜ばしいことだ。


 ……ただ、休憩のたびにシャロさんから期待に満ちた視線を向けられたのは、少々落ち着かなかった。


 どうやら、俺が猫山さんを誘うのを本気で待っているらしい。


 そして、営業終了後。


 着替えを済ませてスタッフルームを出た俺は、廊下の向こうに猫山さんの姿を見つけた。


「……猫山さん」


「はい? 何ですか、先輩」


 猫山さんは振り返った。


 いつもと変わらない、少し生意気そうな顔。


 昨日の騒動が嘘のようだ。


 ……いや、今朝からずっと、俺が妙に意識しているだけなのかもしれない。


「あー、その……ちょっといいか?」


「何ですか? 改まって」


「いや、少し話があってさ」


「ふうん?」


 猫山さんは、不思議そうに俺を見た。


 俺は一度息を吸い、意を決して口を開いた。


「今度の休み、よかったら一緒に映画でも見に行かないか?」


「…………は?」


 猫山さんの表情が固まった。


 そして、数秒後。


「……先輩?」


「お、おう」


「今、何て言いました?」


「だから、今度の休みに映画でもどうかなって」


「…………」


 猫山さんは、じっと俺の顔を見つめてきた。


 ……何だよ。


 そんなに驚くことか?


「……どうしてですか?」


「え?」


「どうして、私を誘うんですか?」


 思ったよりも真剣な声だった。


 俺は少しだけ戸惑った。


 どうして、と聞かれても。


「……昨日のことがあっただろ」


「昨日?」


「ほら、スタッフルームで。お前、かなり怒ってただろ?」


「…………」


「俺が何か気に障ることをしたんだろうし、そのお詫びも兼ねてさ。二人でゆっくり話せる時間があったほうがいいかなって」


 そう答えると、猫山さんは目を伏せた。


「……そういうことですか」


「うん。嫌なら無理にとは言わないけど」


「…………」


 しばらく、沈黙が続いた。


 断られるだろうか。


 そもそも、映画に誘うという選択自体が間違っていたのかもしれない。


 そんなことを考え始めたとき。


「……あの」


 猫山さんが、小さな声を出した。


「昨日のことは……私も悪かったです」


「え?」


「急に怒って、先輩を押し倒したりして……。その、すみませんでした」


 猫山さんは、俺から目をそらした。


 耳まで、ほんのり赤くなっている。


 昨日はあれほど怒っていたのに、今度は素直に謝ってくれるとは。


 少し意外だった。


「いや、俺も言い方が悪かったよ。ごめんな」


「……別に、先輩が謝ることじゃないですけど」


「そうか?」


「そうです」


 猫山さんは小さく頷いた。


 それから、ちらりと俺を見る。


「……それで」


「ん?」


「映画、ですよね」


「ああ。都合が悪かったら、別の日でもいいけど」


「……行きます」


「え?」


「だから、行きますって言ってるんです!」


 猫山さんは、少しだけ声を大きくした。


「せっかく先輩が誘ってくれたんですから、付き合ってあげます!」


「いや、別に無理しなくても……」


「無理なんてしてません!」


「そ、そうか」


「そうです!」


 猫山さんは、ぷいっと顔を背けた。


 けれど、その横顔はどこか嬉しそうに見えた。


 ……気のせいだろうか。


「じゃあ、詳しい時間はあとで連絡するよ」


「はい。分かりました」


 そう答えた猫山さんは、少し間を置いてから、くるりとこちらを向いた。


 そして。


「……ふふっ」


 何やら、意味ありげに笑った。


「何だよ?」


「いえ、別に?」


「いや、絶対何かあるだろ」


「だって、先輩から誘ってくれるなんて思っていなかったので」


「だから、お詫びだって言っただろ」


「はいはい。そういうことにしておきますね」


 猫山さんは、にこにこと笑っている。


 ……嫌な予感がする。


 こういう顔をしているときの猫山さんは、ろくなことを考えていない。


 そして、その予感は的中した。


「それじゃあ、先輩」


「ん?」


 猫山さんは、少しだけ顔を近づけた。


「デート、楽しみにしてますね!」


「はあ!? デートじゃないだろ!」


「えー? 休日に二人で映画を見るんですよ? これをデートと言わずに、何と言うんですか?」


「だから、お詫びだって!」


「はいはい。分かってますよ、先輩」


 まったく分かっていない顔だった。


「ふふっ。それじゃあ、お先に失礼します!」


「おい、猫山さん!」


 呼び止める間もなく、猫山さんは楽しそうに手を振りながら歩いていった。


 俺は、その場に取り残された。


「……あいつ、絶対わざとだろ」


 そう呟いたものの、さっきの赤い耳が頭から離れなかった。


 ……いや、考えるのはやめよう。


 これは、あくまで仲直りのためのお出かけなのだから。


 そう自分に言い聞かせ、俺も帰路についた。


 ***


 実は、そのやり取りを廊下の曲がり角から、こっそり見ていた人物がいた。


 シャロさんである。


「…………」


 彼女は、二人のやり取りを思い返しながら、そっと口元に手を当てた。


 近藤さんから、猫山さんを映画に誘った。


 猫山さんは最初こそ驚いていたものの、最後には嬉しそうに笑っていた。


 そして、別れ際には――。


『デート、楽しみにしてますね!』


 ……聞き間違いではない。


 確かに、猫山さんはそう言っていた。


「……やっぱり」


 シャロさんは、小さく頷いた。


「あのお二人、やっぱりお互いのことが好きなんですね……!」


 もちろん、近藤も猫山も、そんなことを認めた覚えはない。


 けれど、シャロさんの中では、二人の関係はすっかり恋人同士の一歩手前になっていた。


「ふふっ。お二人とも、素直じゃないんですから!」


 彼女は楽しそうに微笑んだ。


「これからも、陰ながら応援しないといけませんね!」


 ……いや、応援するのはいいのだが。


 できれば、こっそり見守るだけにしてほしい。


 もっとも、そんなことを知る由もないシャロさんは、二人の次の休みが待ち遠しくて仕方がなかった。


 一方その頃。


 家に帰った俺は、スマートフォンを手に、次の休みの予定を確認していた。


「……映画、何を見ればいいんだ?」


 そもそも、猫山さんと二人で出かけること自体、ほとんど経験がない。


 ……いや、だからこれはデートじゃない。


 仲直りのためのお詫びだ。


 そう何度も自分に言い聞かせながら、俺は映画館の上映スケジュールを調べ始めた。


 ――次の休みが、少しだけ落ち着かない。

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