第一章幕間 『利用・価値・思惑』
ハフルス王国 王宮 庭園
花に囲われた場所で、とあるお茶会が開かれていた。
しかしながらそのお茶会には優美な女性が一人と、その者に跪いている三名の近衛の姿しか確認できない。
「罪人ルーメル・レールカを山奥にある牢まで第二騎士団の者が護送していたところ、不気味な集団に襲われたと報告が。馬車も奪われ、気づいた頃にはルーメル・レールカの姿は見当たらなかったらしいです」
近衛の一人が慎まし気に女の人へとそう告げる。
すると、それを伝えられた優雅な女性はティーカップを片手に優美な笑みを浮かべた。
「そう。でも下っ端が討たれたといっても、彼らとて王国に使える立派なナイトよ? 剣の腕もたって魔法も使える彼らが一端の賊にやられるわけがないわ」
「――――」
「出たのよ。『魔女』の一派が」
「まさか……ありえません! ルーメル・レールカ一人のためにあの魔女が動くとは到底……」
思わず顔を上げて反論する衛兵はハッと言葉を呑んだ。
目の前にいる優雅な女性、王妃が不敵に口角を上げて目を細めていたからだ。
「『魔女』が一人で崩壊させた国は四つ。集団を率いて破壊した大国は六つ。その動機は何だと思う?」
「……っ恐れながら、わかりかねます」
「どれも共通しているのは、生きている価値のない弱者を嬲っている国なの。その弱者はどれも死ぬ寸前で行方を閉ざしているわ」
優雅に言いながら、王妃は近衛に一瞥もくれずに笑う。
「人助けのためなのよ。搾取する側の人間を徹底的に懲らしめるという私情で、『魔女』は国をいくつも壊している」
それこそが『魔女』が魔女たる所以だ。
様々な国を容易に壊し、エクセレーネの土地に侵略してきた国の軍は全て屠り去っている。それを数百年繰り返している化け物の割には素性が一切割れていないという。
何ともミステリアスな人間だ。
「私はその『魔女』を知りたいの。興味深いじゃない? だから誘き出すためにルーメル伯爵家の話に乗ったわ。価値のないお嬢さんの罪をでっち上げて、それで山の奥にある牢へと送るという人生の搾取を許可したの」
ハフルス王国の王妃――彼女の価値は優美な見目と、目的のためなら手段を選ばない無情なところにある。まさに魔女が忌むべき存在そのものだ。
だからこそ、己のその無情さも魔女を誘き出すがための道具として利用した。
「魔女は間違っても正義の味方なんかではないわ。価値のない弱者の味方なのよ。だから私は目をつけた。どうやってでも魔女を壊したいの」
そんな王妃の願望を聞いた一人の近衛は理解した。
このお方はハフルス王国すらも、己の私利私欲のために利用する気でいるのだと。
国王陛下に言えば王妃の行いはきっと罰せられる。
「ルーメル・レールカ。生まれつき価値のない命。それを私は魔女を誘き出すためという手段に用いた。それで初めて、彼女は価値を身につけられたわ。だから私は感謝されてもいいくらいなのよ?」
だが、不思議と誰にも密告する気にはなれなかった。
「ふふっ! 貴方たちに、私のためにその人生の全てを費やすことを許可するわ。貴方たちにやってもらいたいことがあるの」
何とも傲岸な言いようだ。しかし、その一言一言にどうしても惹かれてしまう。王妃への忠誠はもう末期といえる程に至っているのだろうか。他の近衛がどう感じているのかはわからないが――少なくとも私一人は思ってしまった。
「何なりと」
王妃殿下についていけば未来は約束される。
このお方に尽くす喜びは計り知れない。そう、思ってしまたのだ。光に突き進む羽虫のように、価値のある人間に自然と惹かれてしまっているようだ。
◇◆◇
それを影に隠れて盗み聞きしていた王太子。
彼は眉を寄せて、頭の中にルーメル・レールカという一人の少女を思い浮かべた。
レールカと婚約を破棄して、それで結ばれた今の婚約者は王妃から紹介された人なのだ。
それを踏まえた上で今の話を聞いていたら、どうにも怖くて仕方がなかった。わかっている。自分も体が弱いレールカではなく、紹介された子に惹かれてしまったのは事実だ。
しかしながら、王妃より紹介された今の婚約者の目つきが怖いて仕方がない。彼女の他者を見る目は――搾取する側の人間がもつ『それ』なのだ。だからこそ恐怖を覚えた。そこに優しさなんてものは微塵たりとも感じない。人から大切なものを奪うことに快感を得ている目つきなのだ。
そしてこの話を近衛にしていた王妃もきっと、同じ部類の人間だ。私は判断を間違えた。一度でもいい。他の誰かに相談するべきだった。レールカと向き合うべきだった。彼女が罪を犯せないことなど、彼女の性格と身体のことを考えれば簡単にわかることなのに。
だが、過去には戻れない。今の王妃に支配されてしまえば、この国は自ずと廃れるだろう。そうならないように動かなければ。『魔女』を誘き出すという国を脅かすような誤った選択を下してしまったのならば。
せめて死ぬその瞬間までは、この国を導く王太子としての責任を持たなければ。
結論から言ってしまうならば、王妃の過ちはこの盗み聞きを自分の息子に許してしまったことにある。そのせいで、企てていた計画が最後の最後で全て台無しになるのだから。




