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法にギリギリ触れない程度の私刑を  作者: サカのうえ
第一章『価値と幸福』
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第一章5 『魔女』


 地下の階段を下りる前に、レールカは車椅子から降ろされてネリーハに抱き上げられた。ルーメル・レールカは身体が弱く、身体の成長も六年前の十歳くらいから止まっている。

 だからこそ軽いとは思うし、ネリーハは同姓でもあるのだが――少し恥ずかしかった。


 そして車椅子はイリオスが片手に持ち、彼は杖を叩きながらゆっくり階段を下りている。

 そしてその階段を下りた先にある地下もまた、豪華絢爛な場所であった。下りるとまた車椅子に座らせられたレールカは少しだけ方に力が入ってる。

 そして目的地な薄気味悪い場所、または人の骸骨が転がっている牢獄なんてものも想像していたのだが――、


「なに……これ……」


 電気がついている明るい部屋の中。

 案内されるがままにそこに車椅子で入ると同時に、ぱん! とクラッカーが鳴らされた。大きな音――それに怯えている間もなく、目の前の景色にレールカは呆然とする。


 部屋にいるのは計七名――彼らは白いテーブルクロスがかけられている大きな机に並べられた食を囲っていた。しかし誰一人として椅子に腰をかけず、部屋に入ってきたばかりのレールカたちを見つめている。

 その中には、レールカに車椅子をくれた人――両手を包帯で巻いているメイドのお姉さんも確認できた。


「言ったろう? これはお嬢さんの歓迎会だ。それと共に他の人員の自己紹介から、私どものことを知ってもらうと思ってな」


 この集団を束ねている男――イリオスは穏やかに言いながら部屋の中へと足を進めた。そしてテーブルの前で足を止めると、レールカの方を振り向いて挨拶を紡ぐ。



「ルーメル・レールカ嬢。ようこそ、エクセレーネ邸へ」



 イリオスは深く敬礼し、歓迎会の始まりを告げた。


 レールカは頭が追いつかず、呆然として立ち尽くす。

 『エクセレーネ邸』――それはほとんど自室の中で過ごしていたレールカでさえ聞いたことがあった。

 どこの国にも属していない、エクセレーネという土地。

 ――そこには洋館があり、『魔女』が住んでいるのだと。


 点と点が線でつながり、レールカはハッと目を見開くと自由が効かない体なりに身構える。


「ここは洋館……!! 魔女が住むのはエクセレーネの土地……イリオス、貴方が魔女なのですか……?」


 イリオスは答えない。軽く微笑んだまま、否定も肯定もせずに黙りとする。卑怯だ。ここで否定しないのならば、それこそ肯定したのと同じなのではないのか?

 すると、横にいるネリーハが優しい口調で安心させるべくの口を開く。


「そう身構えないで、レールちゃん。彼はもちろん、ワタシたちも別に貴女をとって食おうなんて思ってないの。貴女からは搾取するものがなければ、その動機もないわ」


「……! あればやったってことですか……?」


「そんなわけないでしょう」


 ネリーハは真面目な口調で否定したのだが、それでもレールカは身構え続ける。

 エクセレーネという土地では行方不明者が絶えない。それどころか、魔女には変な噂があるのだ。


「六百年も生きているバケモノ……それが『魔女』。イリオス、貴方が公爵の地位に元がついたのは――その六百年も前のことなんじゃないんですか……?」


 レールカは恐れている。未知に怯えている。

 まるで生き存えたい人間のように。


 すると、イリオスは穏やかな笑みを浮かべた。


「――御名答。『魔女』というものは男であろうと女であろうと関係ないからね。自然とそう呼ばれていたなぁ」


「…………っ!」


 どうして教えてくれるのだろう。普通は秘密するものでないのか? わからない。どうしてこんなにも未知に怯えているのか。生きたいなんて思っていなかったはずなのに。思ったらダメなはずなのに。


「だから――お嬢さんが死ぬ時、私は共に死のう。長い命に終止符を打つのは運命の伴侶と共に。そう決めているんだ」


 ――わからない。どうして彼は目が見えていないのに、初めてあったばかりの私にそこまで言えるの?

 レールカはそれが不思議でならなくて、同時にこれから先に待ち受けている未来、そして彼への恐怖を覚えた。


「私……は、貴方の運命の人じゃない……だって、私の命は長くないんだ。長くて五年。だからきっと――」


「長くてあと五年か。悪くないな」


 彼は本当にそう思っている。本気でやるつもりだ。この人の目を見ればわかる。本気でレールカと死ぬつもりなのだ。彼の言葉には何の嘘もない。


「共に死ねば、死の恐怖は少しだけでも和らぐだろう?」


「…………っ」


 この人は死ぬことを恐れていないらしい。

 決定事項と言わんばかりに言い切り、それでいてレールカに手を差し伸べてきた。


「なんで……? 何でそこまでして……」


「『魔女』を信用できない気持ちはよくわかるが――」


 それを言うイリオスの表情はどこか、笑みの中に悲しみが混じっているように思えた。だからこそレールカは拳を握りしめると、その言葉を遮って宣言する。


「信用はできません。初めて会った人を信用しろなんて無理な話です。でも、助けてくれたからっ……恩は必ず返したいです」


 レールカは生きたいなんて思っていないはずだ。しかしどんなことであれ、恩を売られたならば倍にして返すことは常識。命を救われた場合の倍に返すというのは想像がしにくいが、とにかく返さなければならない。

 ルーメル・レールカはそうやって生きようと決めている。

 なんせ、レールカに優しくしてくれる人なんて今まで一人たりともいなかったのだから。


 この世界は生まれた時点である程度、自分の価値が定まってしまう。侯爵か伯爵か、辺境伯か子爵か男爵か、それとも平民か王族か。それだけではなく容姿や根の性格、そして欠陥があるか完璧であるか。


 だから奴隷なんていう制度も認められているのだ。

 綺麗事を言う人は『命の価値は皆平等』だと述べるが、そんなわけがない。この世はそんなに甘くない。


 レールカは生まれと容姿だけは恵まれていたと思う。

 しかしながら、生きるための生命線が薄かったのだ。

 そのせいで社交界にも上手く顔を出せず、それどころかほとんどの時間を自室のベッドの上で過ごしていた。


 それだけで、レールカの価値は全て潰された。



「魔女――私からの愛を求められるのならば、私はこの身の全てを捧げます。頭脳を求められているのならば死ぬまで尽力します。話し相手を求められているのであれば、永遠に途切れない会話を成してみせます」


 

 レールカからそう言われたイリオスは目を丸くさせて、悔いるような顔をしながら言葉を飲み込んでいる。


 価値のない人間に優しくする余裕がある人間はそうそういないのだ。優しくしたところでメリットがない。

 どうせ優しくするのならば、恩を売る価値がある相手が好ましいだろう。だからレールカは一人だった。誰からも見向きもされず、永遠に手を伸ばしていただけだった。


 この世は生まれ持っての価値と、それから磨かれた実力が全てを支配する。息が詰まりそうになる。

 この生きづらさは尋常じゃない。


 すると、イリオスはどこか表情を歪めながら口を開いた。


「違う」


「……え?」


「お嬢さん。見返りなんて求めていないんだ、誰も」


 悲しそうな顔をしているイリオスから言われ、レールカは不意に呆けていた。見返りを求めていない人なんて、恩返しを求めていない人なんているわけがない。

 いや――身体が不自由なレールカには相応の見返りを捧げることが出来ないと考えているのだろうか。だとしたら何も言い返すことができない。

 それでもレールカは己の信念に基づいて、イリオスと向き合うために前を向く。


「ですが……私は貴方たちに攫われなければ今頃牢屋の中です。無罪のまま、死に至るところでした。魔女が居ようと貴方たちに私を殺す意志がないこともわかりましたから……その恩を返したいのです。イリオスさん以外の方にも。それが適って対等の関係になれるというものでしょう」


「――――!」


 急に話を向けられた面々はどこか余所余所しくしながら、それでもレールカから向けられる真摯な眼差しを前に優しい笑みをこぼしていた。


「だから、どうか軽薄の関係であるというマイナスな方に考えないでほしくて……対等になりたいんです。迷惑になるのは嫌だから……それに私になりに頑張りますから……!」


 すると、イリオスも打って変わって表情を明るくさせる。


「そうか! すまない、私は少しばかりお嬢さんを勘違いしていたようだ。どうしても助けられた恩を返したいというのならば、そうだな……」


 彼は機嫌が良さそうにしながら杖を叩き、レールカの方に歩いてきた。そしてなんとかレールカの前に辿り着くと、イリオスと屈んで穏やかな笑みをこぼす。


「私を魔女としてではなく、まずは一人の人間として接してくれないだろうか? 今は恋仲なんて考えなくていい。どうか、私を恐れないでほしいんだ」


 それを願ってくるイリオスはどこか寂しそうで、その瞳はとことん真っ直ぐであった。それを見てレールカは彼の杖を持っていない方の手を拾い上げて、両手で優しく包み込む。


「わかりました。バケモノって言ってごめんなさい。本当にバケモノなら私を助けないでしょうし、多分、優しくしてくれないとも思います。それに……助けても出会った時点ですぐに殺そうとするはずですから」


 ひとまずは信じてみようと思った。

 イリオス以外の人間は世間から呼ばれている『魔女』ではないだろう。この世に『魔女』と呼ばれている人間は一人だけ。しかしながら、彼らはイリオスに付き従っている。

 この状況だけでも信じるに値できるのだ。


 イリオスは悲しみに満ちていた表情を緩ませた。


「ありがとう。お嬢さん」


 それはレールカにとって、生まれて初めて人から貰った『ありがとう』だ。それだけで、レールカはこの人たちを信用するという選択をとって良かったと心から思えた。


 すると、横にいるネリーハが穏やかな手つきで、車椅子に座っているレールカを抱き上げてきた。


「わっ……」


 と思わず声を上げると、ネリーハは片腕にレールカを持ちながら明るい声で高らかに宣言する。


「さぁ、歓迎会の始まりよ!」


 レールカは抱き上げられたまま、されるがままにネリーハに頭を撫でられていた。そして歓迎会が始まる。

 それよりも先に、ここに来る前に述べられた『居場所をなくした人たちの集まり』という点の詳しい説明が少しほしかったのだが。


 ――まぁ、あとでイリオスから説明をもらおう。


 そう結論を出した。

 そして撫でられていることに心地よさを覚えながら、レールカは思わず安堵の表情を浮かべている。


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